ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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小鳥の病院
2017/06/23

きのうは、ポロンを小鳥の病院へ連れていきました。

自分で毛引きをしてしまうことはなくなったのですが、この数か月、様子がおかしく、連れて行こうと妹と相談し、きのう行ってきました。

ポロンは誰かに触られることをとても怖がり、嫌がるため、通院の際に使う、小さなキャリーバッグにうつすことができず、カゴごとタクシーに乗せていきました。病院にはかわいらしいキャリーバッグの中におとなしく入っているかわいい小鳥たちがいて、ちょっと憧れる光景でした。

で、先生の診察。先生は若い女医さんで、とても細かく診てくださいました。緊張しているポロンをあっという間につかんで(つかまれた瞬間は殺されそうな声をあげていましたが、つかまれてしまうとおとなしい)カゴから出し、頭から尾っぽの先まで診察。

診断はだいぶ悪い状態でした。目は両方とも見えていないそうです。肩関節、肝機能、腎機能も悪く、悪性腫瘍もありました。

さて、これからどうしていくか、という話を先生としました。私も妹も、もう、検査や手術やらはやらないで、寿命をまっとうできるよう、最低限できることでお願いします、ということで、症状を緩和するための薬と餌を出してもらいました。オカメインコで20年はよく生きたほうだそうです。

ポロンは16年間、父と2人の生活をしてきて、今年の1月から我が家で生活するようになり、生活環境が変わり、いろんなストレスがあったのだと思います。何より父がいないことの寂しさがあるのだと思う(いまだに父を待っています)もっと早くに病院に連れてきてあげればよかったと悔やまれました。

あとどれぐらいなのかはわかりませんが、一緒にいる間は大切にしてあげたいと思います。ちょっと高めの枝豆が好きなので、それも食べさせてあげたい。わがままほうだいさせてあげたいです。私達家族がポロンからもらった心があたたかくなる体験をこれからポロンにかえしていきたいと思います。

貴重な20年
2017/06/22

先日、普通について書きました。

書いてみて、それは「あるがまま」ということなんだとよくわかりました。

私の魂はそうありたいと願いやってきているのでそれへの憧れがあるのだと思います。前世でも何度もチャレンジしてきたのだと思う(自分の魂が何を望んでいるのかも、自分に向き合う事で自分でわかってきます。自分で知るのが一番)

私がそれに気づいて、そこにいられるようになりつつあるのに20年以上かかりました。それでも、私としてはたった20年だったと思います。

どの職種でも、20年、30年関わることで得ていくものがほとんどです。それは5年、10年では気付かないことであり、わからないことであり、想像すらできないことです。一生をかけてその仕事に取り組んでいる、又は、仕事ではなくても、続けている、という方はたくさんいます。

だとしたら、この道も同じです。20年、30年と関わることでやっとわかったということがたくさんあります。そして、それは私にとっての「普通」(あるがまま)だったということなんだと今の私(また変わるかもしれないから)は思っています。

多くの人がすぐに、早く、手っ取り早く、自分の目指す境地にいきたいと言います。何故?と聞くと、ネガティブなものと一緒にいることが苦しい、嫌だ、つらい、だから早くそういう境地に行って楽になりたいと言います。そういう境地にはネガティブなものがないだろう、と思っているのだと思います。でも、そうじゃないといつも書いているように、そうではありません。

そことも一緒にいられ、それらを愛し、ともに生きているという境地は、全てが、ただ、あるがままにあるということを体験して知っていくことです。それが現実、それがこの世ということをあきらかにしていくことです。

あるものをただ、あるものとして、あるがままに見て、知って、そこに浸り、それだから、もう、頑張る必要がなかったんだ、抵抗しなくても大丈夫だったんだ、ということに気付き、それだから楽に自由に生きていくという普通です。

私の場合はそれに気づくまでにずーーっとぐるーーっと廻って、廻って、廻ってきたのだと思いました。そのための20年。でも、長くはなかった20年。貴重な20年。

母を想う
2017/06/21

父が亡くなってそろそろ2か月になります。そして、この頃、思い出すのは16年前に亡くなった母のことです。

今思うと、もっと母をサポートしてあげたかったと思います。当時の自分としてはできるだけのことはしていたと思いますが、今回の父に対するそれと、母に対するそれとは、雲泥の差があったような気がしました。

それは、母主体ではなく、母がいなくなってしまうことの自分の不安のほうが勝っていたのだろうと思います。病状的には母の方が父よりもつらいものだったので、こうしてあげればよかった、もっと話を聴いてあげればよかった、母の娘でよかった、育ててくれてありがとう、また会おうね、と伝えたかった、と今になって後悔の念がわきます。

これもパターンなので語りかけをしています。そして、今更ですが、母に謝っています。

今になり、やっと、私は母に対しても父と同じような視線で、心で接することができるようになったんだと感じています。あちらにいる母に私のサポートはもういらないでしょうが、私がこんなふうに気付き、変容していることを喜んでくれるといいなあと思います。いつの日か会ったときには、このこともちゃんと伝えたいと思います。亡くなった人たちとも、このようにして心のつながりは続くんですね。

なんでもなかったね、自分
2017/06/20

普通であるというのが(それへのいろんな意味付けがあると思うのですが)近頃、とても憧れをいだくようになりました。

誰でも、子供のときからいろんな人達から、社会から、常識から刷り込まれたパターンを持ち、自分自身でもそれを刷り込んで生きてきています。それゆえ苦しみや悲しさや得体の知れない不安感や先の見えない怖さなどに突き動かされるようにして生きています。

しかし、それは自分の中にありながらも本当の自分ではない、パターンだという事を知っていけば、その反対のパターンを選び、それを実践し、そこに現れる現実とともに感じられる、楽しさや軽さや安定感や自分への信頼感を体験していくことになります。

今、黒パターンで苦しんでいるのなら、白パターンで楽を体験しよう、というものです。

それは肉体を持ちながら生きるこの2極の世界の両方を体験するというものです。それにより2極のバランスをとることもできます。

そして、そうしていくうちに、その中間に自分をおくことができるようになり、そこからどっちへ動いてもいいということもわかり、そうか、黒を選んでもいいんだということへの気付きも起きると思います。

で、そんな立ち位置が普通なんじゃないかと思うようになりました。自分を好きでも嫌いでもいいし、自信があってもなくてもいいし、優れていても優れていないくてもいいし、価値があってもなくてもいい、そういうときがあっても、そういうときがなくてもいい。そういうときも受け入れ、そういうときじゃなくても受け入れ。それが普通なんじゃないか…と。そんな普通の自分に向かっていきたいと思います。

なんでもなかったね、自分、というところへいきたいです。

心を開いて
2017/06/19

自分が納得すること(情報、知識、他人)だけしか自分に入れないというのは、自分の世界を広げることを拒んでいることになります。

自分にとっては納得できないことであっても、それに向き合う柔軟さがあると、結局、その人の世界は広がることになります。それがそのときには違うだろうと思っていたり、わからないことであっても。

で、とりあえず聞いておいてあとからそれが自分にとって必要なものなのかどうかを決めればいいとよく言われますが(以前は私もそう思っていましたが)必要なものなのかどうかを決めるというのも一体だれが決めているのだろか?ということがあるし、とりあえず聞いて…という段階で、それは自分の世界を広げるという事にはなりません。とりあえず聞いては、実は、何も聞けていないことだからです。

聞くのか、聞かないのか、よりもどんな在り方で聞こうとしているのか、それを耳で聞こうとしているのか、それとも自分の心を開いて聞こうとしているのかということです。ここに素直さとか、謙虚さとかが発揮されます。素直さと謙虚さとは、成長と進化にとって必須のものです。これはひとつの才能だと私は思っています。これが得意な人はスポンジのように吸収していくのを感じられます。

なぜ、誰の話にも心を開くのかというと、誰の話の中にも真実があるからです。その真実とは正しいということではなくて、その人にとっての真実です。だから、ただそれをそのまま聞くということです。そうすることで、結果自分の世界は広がるんです。今まで自分の中にはなかったものが入ってくるからです。

ですから、先生の話だからいいとか、この道のプロだから聞こうとか、自分が興味あることだから聞こうということではなく、そんな枠はどんどん、がんがん壊して、もっと自由に、心を開いて、自分を広げていくといいと思います。

どんでん返し
2017/06/18

先日日記に書いた「スプリット」という映画の監督は「シックスセンス」を作った人ですが。この映画(シックスセンス)のように、最後にきてどんでん返し、という映画が私は好きです。

そしてそんな映画を見終わったあとに≪そういえば、なんか変だったよねえ、あの場面≫と思い返してみるというのも楽しい。どんでん返しを実際経験した主人公の動揺と混乱たるや、今後この人はどうなってしまうのだろう…とよけいなことまで思ってしまいます。そして、その後こうなりました、はもちろん映画では見られないので、それを想像するのもまたひとつ。

そういう映画私のベスト3は「シックスセンス」「アザーズ」「猿の惑星」(1968年の)です。これらのどんでん返しは強烈であり、はかなくもあり、どこか美しいです。この中でも「アザーズ」は主人公のニコール・キッドマンが際立っていてよりどんでん返しが印象的でした。

どんでん返しの映画って、どんでんはない、という認識でずっと見てきて最後に、ええーーーーーーっそうだったのかあーーーーーとなるので、体からへなへなと力が抜けてしまうような感じがあります。ふむふむ、こういう話ね、と決めてみているので(まんまと監督の思惑通り)そうではなかったとわかると、人ってへなへなと力が抜けますね。

これは映画だけではないですね。こうだろうと思っていたのに、予想外のことが起きたとき、思いもよらないことがきたときなど、驚きとともに、へなへなになってしまいます。ということは、決めつけていなければ(全てにおいて)やってきたことを柔軟に受け入れられるのでへなへなにはならないんだろうなあと。

しかし、この手の映画に関しては、へなへなにしてほしい。ええーーーーーーっそうだったのかあーーーーーを味わさせてもらいたいです。

何も違いない
2017/06/15

先日「スプリット」という映画をみました。「シックスセンス」の監督の新作。高校生の女の子3人が、ある男に拉致・監禁され、その男が多重人格者であって・・・というお話です。

映画が終わって、前方にいた若い女性たちが「怖いねえーーー、あんな人いるんだねえーーー」と話していましたが、私は、私達も同じだよなあ、と思いました。

多重人格者と聞くと、自分たちとは違う病的な人たちと思うかもしれませんが、起きていることは、その人の中の人格化したパターンが現れているということです。「自分」というものの存在が小さくなってしまって(主導権をにぎれない)その他の人格化したものが主導権をにぎり、全ての言動をしていくと一般的には言われています。

なぜ、そういう者が存在してしまったのかは、子供のころの親からの虐待や深刻な出来事を受け、自分を守るためにそれらが生まれると言われています。

それが表面化しているか、していないかの違いだけであって私達がパターンで言動していることと同じだと思ったんです。パターンに主導権をにぎらせているということは「自分」が主導権をにぎってはいないということです。

・・・・・何も違いがない・・・・・

人の心はうまくできていて、とにかく「自分」を守ろうとします。それは他人格であり、パターンです。でも、それでは「自分」として存在していることにはなりません。パターンたちを安心(もう、おまえにまかせても大丈夫だねと思ってもらう)させてあげるためにも「自分」を育てていきましょう。

今日はこれから山形に行ってきます。皆さまも良い1日をお過ごしください。

写真アルバム
2017/06/14

きのうは、妹と父宅のかたづけをしました。

……と言っても、まだまだほんの一部。父はあの年齢にしては持ち物が少ないと思っていましたが、実際戸だなから出してみるとけっこうある。それも母のものまで出てきて、これじゃあ、2人分。

で、くわせものは写真アルバムでした。一応中を見ているうちに「わかーーーーーーい、なんて私若かったんだろう」と昔々の自分の姿にびっくりとおかしさで妹と盛り上がり、捨てるということを忘れてしばしだんらん。主人公の父のことよりも自分たちの若かりし頃の写真さがしになってしまいました。

しかし、人ってこんなにも変わるものなんですねえ。少しずつ変化しているので、自分ではよくわからないですが、こうして写真を見ると、その差は歴然です。若い私には張りがあり、初々しさがあります。でも、どこか不安定な感じがします。記憶としても、自分に対しても、人生に対しても、不安と怖さがあったことも覚えているので、そういうものが出ているのでしょう。毎日が楽しそうにはしていましたが、本心ではありませんでした。

今は、張りや初々しさからは離れてしまいましたが、気持ちの安定と、いろんなことが受け入れられるようになった自分を感じられます。年月を重ねていくことの大切さや意味を知りました。

ですから、若かった頃と今とでは、今のほうがだんぜんにいいです。そんなことを考えた第1回かたずけでした。

これからもかたずけは続きますが、写真アルバムには要注意でやっていきます。

正しきマスター
2017/06/13

ダスカロス(ダスカロスはギリシャ語で先生という意味。本名はスティリアノス・アテシュリス。生涯を通じて、無償でヒーリングを行い、真理を教え続けた教師)について、又、その教えを去年教えていただくという機会がありました。

聞けば聞くほど、精神的にも霊性も高い人だったのだと思います。そのダスカロスは晩年、寝たきりの生活が続き、誰かに手をかしてもらわないとならないような状態だったそうです。

これを聞くと、そんなすごいマスターでも、そんなことがあるのだろうかと思うかもしれません。マスター級の人は神に愛されて寝たきりになることなどないだろうと。もしかしたら、そうなってしまうということは、本物ではなかったんじゃないかと。

しかし、そうではありません。ダスカロスの高いところは、そんな自分の状態を苦痛に思いながらも、自分に起きたことには学びがあると受け入れてそれをクリアしようとしていたというところです。そして、これはきっと正しきマスターたち(自称マスターはたくさんいるので)も同じだと思います。

何が自分に起きても、それは自分に必要なことだから起きている、それを受けとりなさい、そこに課題がある、という宇宙の意思がわかっている、それが正しきマスターなんです。

決して、潜在意識に願望をインプットして実現させたり、見える、わかる、当てられる、ことが出来る人がマスターなのではありません(ある段階まではそういう人をマスターだと思っている領域があるので、そこを抜け出さないと、この話は苦痛に感じるかもしれません)正しきマスターは他の人たちよりもより苦難を受け入れ、それを己の力でのりきり、そして次のそれもまた受け入れていこうという人達です。そんな、力強さと神聖なるものへの信頼と感謝があるからこそ、他の人々の魂を救うことができるのだと思います。

正しきマスターたちは、他の人々の魂を救います。その人の仕事やお金や人生を救うのではありません。その人の本当のその人の部分に触れ、本人が自発的に動いていくことを手伝います。誰の中にもその部分がある、だからそこを動かすように・・と。それが神聖なるものの願いです。

人生は楽しんでこそのもの
2017/06/12

きのうは、父の納骨の日でした。無事に終えられて一安心しました。

しかし、まだ父宅のかたづけやら、色々手続きなども残っており、しばらくは自分の生活と並行して行っていくことになります。ぼちぼちやっていこうと思います。

納骨までの期間、父がおせわになった方々が、我が家に来てくださったり、お手紙をいただいたりということが続きました。父が住んでいたマンションの友人の方々(知らないうちに、年齢男女問わずの友人ができていました)が我が家に来てくださり、父との思い出をそれぞれ話してくださいました。

又、父が若かりし頃の同僚、部下の方、友人の方からのお手紙もいただきました。

父は幸せな人だったと思います。義理ではなく、こうして心を交わす話をしてくれる方たちと一緒に過ごしてきたからです。その方々から、娘である私の知らない父の面を教えてもらい、あらためて、父として、というより、一人の人としての父を垣間見ることができました。今はもうここにはいない人のことを、新たに知るということの不思議さも感じながら、私も父のようにちゃんと生きようとあらためて思いました。

皆さんから教えてもらった父の「ちゃんと」は、物事を考えるときには、自分と自分の家族のためだけを考えるのではなく、皆がよくいられるように考えること、すぐに欲しいものごとを手にしようとするのではなく、時間をかけていくこと、物を大事にすること、身の丈を知ること、そして、ユーモアと興味をもって人生を楽しむこと。まだまだ自分の知らないことがこの世界にはたくさんあるから、楽しいことはたくさんある、人生は楽しんでこそのもの、と知ることなどでした。

心を寄せてくださったおひとりおひとりにお礼を申し上げます。そして、こんなふうにまた、新な人との関係を私も作っていかれたことにも感謝です。

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