ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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人間にしかできない活動こそが・・
2017/02/28

人は自分にやっていることを他人にも無意識でやるし、他人からもそれを与えられます。

自分への理解、許し、信頼などが足りない場合は他人にもそうします。そして、他人からもそのように理解され、扱われます。

他人から騙されやすい、大事に扱ってもらえない、信頼してもらえない、優しくされない、理解されない、などなど、他人から与えられているものは、実は自分が自分自身に対して与えているものなんです。

結局、自分がすべて創っているということです。

「私は自分を許していますよ。自分の弱さも、優柔不断なところも」と言っていても、他人の弱さや優柔不断さに対して不快感が起きるときには、自分のそれは許していないということです(この場合、黒パターンが許しているということ)自分のそれを許していれば他人のそれも許せるからです。

こんなふうに、よーーーーーく自分を観察すると、矛盾を感じるということがあると思います。矛盾には気付きのチャンスが潜んでいるので、とにかくよーーーーーく自分を観察することが大事です。

さて、自分の心はこの宇宙のごとく広大です。そこへ向き合っていくことへ時間を使ってください。目の前にある一瞬楽しみを感じられるものや、刺激を与えられるもの、情報や知識というものは手軽に手に入ります。手にいれたいときには手にいれ、あきたら捨てるということができることで黒パターンの望んでいることはみたされるので魅力なんだと思いますが、それを追っていけばいくほど自分の宇宙からは離れていきます。黒パターンで生きているというこの生き方でもパターンとしては満足できるので、それでもいいという生き方もあります。

しかし、自分の広大さを求めているのであれば、その世界から離れていくことをおすすめします。と言うか・・・それが喜びになっていくといいと思います。そこには継続性のある喜びがあります。

他人を使わず、ひとりで自分の中へ沈んでいくこと、そこで矛盾を感じたり、葛藤があったり、一見嫌だと思われることにでくわしたり、そういう、人間にしかできない活動こそが感受性、創造性、想像力、直感など、スピリチュアルに生きることの精神性と神聖なる霊性を高められるものだからです。そこを求めている方はぜひ。

逆転は仕切り直し質の変化
2017/02/27

「人っていうものは誰でもが、悲しみや苦しみを抱えながら生きていくものだ」・・・・と言うことを大人は言います。だから、そうであって当然なんだと。これは皆が信じていることだと思います。で、それがつらいから、それを見たくないから、金儲けに走る、がむしゃらに仕事する、称賛を求める、他人から好かれるようにする・・などなどをしているんです。

いや、いや、そうじゃないよ。それ、パターンだし、自分じゃないし、だからそうではないあり方ができるんだよ、ということを信じていたなら、もっともっと幸せな人が増えているはず。

そう言っても、誰でもが、悲しみや苦しみを経験します。でも、その経験後、それを、先ほどの誰でもがそうなんだから、自分も我慢しよう、ストレス発散すればいい、仕事に打ち込めばいい・・とそのままにしてしまうのか、それとも、それに向き合い、それは自分ではないことに気付き、本当の自分の姿を選ぶのか、ということで、その人の在り方、生き方、人生は大きく変わっていきます。

人ってこういうものだよね、と今まで信じていたものが逆転するんです。逆転は、仕切り直し。仕切り直しは質の変化。何かが起きて、自分の中にネガティブな感情が湧いて、それを作っているパターンをみつけ、語りかけ、白を選ぶ。それにより、さっき起きていたことは意味をもって完結される。

それは忘れるとか、消し去るということではなくて、現実に起きたこともくるみながら、でも、くるんじゃっている「私」のほうが大きいので、もう、それは、とげとげしていない状態に完結されるということです。だからすっきりする。そして新なる次へ進む。

「そういうことが人って誰でもができるように本当は創られているんだよ」と言う大人が増えていくことを願って、今日もセッションに勤しみます。

裏を創る「私」
2017/02/26

昨日の続きです。

例えば、自分はお金に縁がない、ということを信じていた(選んでいた)とします。まず、動き出す裏側にあるこれを信じているので、お金に縁が出来そうなことがあってもそれに気づかない、それに気付いても、まさか、自分には無理と思ったり、それへ手を伸ばす自信がないと感じてしまう、お金を得ようと努力しないなど、結果、またお金との縁をのがし、やっぱり縁がない、とよりその信じていることを大きくし、ますますお金から遠のいていく生活をするようになります。

これ、お金で話してますが、健康とか、仕事とか、人間関係とか、自信とか、自己肯定とか、全て同じです。

で・・・じゃあ、そう考えるのをやめようとまずはします。お金がないという考えがわくとそれを抑えようとしたり、逆に、お金に縁があると思いこもうとします。アファメーションをしてみたり、お金持ちになるイメージをするとか、お金を手にすることを自分に許可するとか、お金のたまる財布を買う、あえてお金持ちの人のように振る舞うとか。でも、これでは無理です。なぜならば全て頭でやっていることだからです。

・・・と言っても皆、まずこれをやります。やってやってやりつくして、だめだと納得したところで初めて自発的に心のほうへ目が向きます(で、魂の道場の門をたたく。たのもぉ〜〜・・という方が多いです)ですから、このやってやってやりつくす時期もとても大切だと思っています。

ここで、初めて裏にあるものと向き合うということをします。目に見えない分、わかりずらいかもしれません。しかし、それがパターンというものであり、自分はパターンではないということを繰り返し学ぶうちに、そのカラクリはよく理解できるようになると思います。

裏を創る「私」、その「私」を発動させてすっきりとした、自分の個性に満ちた裏を創っていってください。全てはそこから動き出します。

裏にあるものから動き出し・・・
2017/02/25

「自分の今の生活をあなたは自分で選んでいる」と言うことを聞いたことがあると思います。

しかし、こう言われてしまうと「いいえ、私は決して自分で今の生活を選びたくて選んでいるんじゃない」と思うと思います。誰が好き好んで今のうまくいかない、不安な、不快な生活を選んだりするものか・・・と思うと思うし、確かにそういう生活をしたいと思う人もいないと思います。

ここでの選んでいるというのは、生活のことを言っているのではなくて、そういう生活を創ってしまっている、あなたの信じていることを、あなたは選んでいるんですよ、ということです。

生活全般は目に見えていて、わかりやすいですね。しかしいつも言っているように、目に見える現象には、その裏にあるものがあって、まず、そこが動きだして、現象があらわれます。だから、目に見えない裏にあるものがすごく大事なんです。

あなたの信じていることをあなたは選んでいる、選んでいるという意識さえ感じないくらい、それを信じている、ということをもっと深く探っていく必要があります。自分が信じていること、そしてそれが今の生活になっているものはなんなのか。今の生活を変えたいと思うのなら、自分の中の信じているもののうち何を変えればいいのか・・・です。

選んでいるのは信じているから。信じているから選んでもいる。でも、それはどうなの?本当に信じられることなの?本当に選びたいことなの?と自分を見つめ直すことが大事です。

裏にあるものから動きだし、そこから現象があらわれる、このカラクリがわかれば、裏を変えていけばいいということが言えます。

彼らは私達に教えたがっている
2017/02/24

毎日、海と空をみながら過ごしています。そこから気付いたことがあります。

朝を迎え、光に満ちた海と空。特に晴天の日はその光が一段と強さを増します。

そんな海と空も、夜になれば、海も空も真っ暗になります。月が見えない日は特に暗さを感じます。

光とは、暗さ(闇)が少ない状態。暗さ(闇)とは、光が少ない状態。それだけのことであって、本質は変わっていないということ。光が強くなればなるほど暗さ(闇)の量が減っているだけ。暗さ(闇)が深くなればなるほど光の量が減っているだけ。

その間は光と闇のグラデーションになっていて、それを私は一瞬一瞬見ているだけ。

ということに気付きました。

実はこれは黒パターンと白パターンの関係とも同じです。黒パターンは白パターンの量がすごく少ない状態。白パターンは黒パターンの量がすごく少ない状態です。

それだけのことなので本質的には同じです。黒を嫌うという事は、白を嫌うこととも言えます。

この気付きも「ひとつ」というところへのステップになると思います。こうして少しずつ2極の世界を抜け出て「ひとつ」の世界の住人になっていくのだと感じています。

やっぱり、自然はすごい。いろんなことを教えてくれます。大切なことはそんな自然に謙虚に心を開くことです。

彼らは私達に教えたがっている。

自分が溶けて消えてしまいそう
2017/02/23

きのうは「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」という映画を見ました。

ティム・バートン監督のものです。

私は、ティム・バートン監督の作品の、怖くて、美しくて、風刺的で、ぞっとするような、悲哀的な、夢のような、不気味な・・・いろんなものを含んでいるところに惹かれます。

「シザーハンズ」は今まで見たことがない夢のような作品であり「スリーピー・ホロウ」はぞっとするほどおもしろかった。これは一番好き。「チャーリーとチョコレート工場」は風刺的でもあり、異次元の世界が展開されていました。新しいところでは「アリス・イン・ワンダーランド」でしょうか。そして今回の「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」です。

どれも、一言で言うと「自分が溶けて消えてしまいそうな作品」です。映像を見ている自分が、ふっとそこへ溶け込んでしまいそうな気持になります。心をもっていかれそうで、それがちょっと怖い。でもその甘美さを味わいたい。はいりこんではいけない所へ誘われていくような、そんな気持ちにさせてくれる作品ばかりです。

今回の映画には、奇妙なこどもたちが出てきます。ティム・バートン監督がこの映画についてインタビューされているのを見ましたが「自分自身も奇妙なこどもだった」と語っていました。「そして、こどもは皆奇妙な存在だと思う」と。

この言葉はどこか共感できて、本当は皆そういうこどもだったんじゃないかと思います。そもそも、奇妙というのは、奇妙ではないものがあって、それと比べて奇妙と言われるんだけど、一人一人の個性や性格をもってしても本来私達は奇妙です。それぞれに持つ感性は、他のそれとは違って奇妙なものです。それを成長とともに、奇妙ではなくなるように周りも自分も仕向けていく。そんなものへの反発もこの映画にはあるような気がしました。

美しい朝焼け
2017/02/22

・・・・美しい朝焼け・・・・・

毎日毎日、普通に太陽がのぼり、太陽が沈み、1日が終わります。そしてまた新しい朝がくる。

あまりに普通になってしまっていること、あたりまえになってしまっていること、そう思うのは、それがずっと繰り返されていることからです。

しかし、全く同じ朝や夕は2つとしてありません。毎日毎日、その一瞬一瞬に違いがあります。

これは私達も同じです。私達の体も心も一瞬一瞬違うものです。変化し、変容し、私達はいろいろな自分を表現して生きています。決して、いつも同じ、変化のない自分ではないんです。

それが感じられると、今日のこの一瞬の自分を表現しよう、創ってみようと思えると思います。自分自身はこうして、創造して、自分の作品として存在することができます。それ自体が「私」の喜びです。

今日は意識的に自分を創造していくことをやってみてください。

新なところへ・・・
2017/02/21

1月7日に救急搬送された父は、今もまだ入院中です。

実は今回の父の件は、私が丸1日、父が倒れていることに気付かず放置してしまったということがありました。今までは必ず、父の部屋を見て(ちょうど我が家の玄関を出たところから見えるので)いたのに、その日に限って全く見ることがなく、気付いたら1日たっていました。不幸中の幸いで床暖房が入っていたので、助かったという具合でした。

この件で、自分を責めるパターンがものすごく暴れました。「私のせいで・・」というものでした。泣きながら語りかけをし、それは日に日に軽くなり、5日ほどで落ち着きました。白パターンを考え「私と父に起きたことを起きたこととしてあるがままに受け入れていこう。そして新なところをやっていこう」という白を選び、白黒ワークをし、実践をして日々います。今は気持ちに陰りはなくすっきりとしています。

で、気付いたことがありました。今回、こんなに激しく感情が湧いてきたことはとても久しぶりだったということ。ということは、この何年もの間、私は、心やすらかに過ごしていたんだということ。そして、それ以前は、こんなふうに感情が動き、そこに飲み込まれ、ひきずっていたことが普通であったこと。

ワークをしていくことで、だんだんと黒パターンへのひっかかりが弱くなるということは誰にでも起こることですが、それはだんだんと普通になっていき、以前の自分のありかたを知らず知らずのうちに忘れていきます。時々、自分が以前どんなだったかがわからなくなっているということは感じていましたが、今回は、使用前、使用後のようにその変化を見ることができました。これは大きな発見でした。

今回選んだ白「私と父に起きたことを起きたこととしてあるがままに受け入れていこう。そして、新なところをやっていこう」は今までの私と父の関係から(これは妹やトミーも交えて)また違うところへ動いていくもののように感じています。この道が私達にとってどんなものになっていくのかわかりませんが、私達は確実に新なところへ一歩を踏み出したんだと感じています。

頑張る
2017/02/19

今年初の岩手クラス。

なんか〜みんな〜伸びている〜私もますます自分の課題に向かって頑張ろう・・・と思った今回でした。

この、頑張るということ。とても前向きな言葉だし、誰でもがよく使う言葉でもあります。

・・・「頑張ります」「頑張る」・・・

そこには、頑張れば、良くなる(解決するとか、消えるとか、もっとよくなるとか、超えられるとか、変化するとか)という思いがあるのだと思います。

確かに頑張ることで、良くなる場合もあるけれども、頑張ることで自分を壊してしまうこともあります。心身がへとへとなときにそれでも頑張らなくては、とか、よく見てみると方向性が違うのに頑張るということを自分に強いてしまうと、心身は壊れてしまいます。

頑張らないで逃げることが大事なときもあります。どこからがそうなのか、わからないと思うかもしれませんが、それはひとりひとりそのときによって違うし、それを作っていくのも自分にしかできないことです。

で、「頑張る」は「頑張りたい」というときに使ったほうがよいのではないかと思います。今はしんどいとき、でも、頑張りたい。なぜならば・・・・。今はしんどいとき、でも、頑張らなくては。なぜならば・・・・この違いは大きいです。頑張りたいは「私」の望み、頑張らなくては、は「黒パターン」が信じていること。頑張ることも白黒ワークをして「私」が選べるといいと思います。

がむしゃらに突き進むことだけがいいわけではありません。押してもだめなら引いてみる、立ち止まり様子をしばらく見る、だめだ、と思ったときには撤退、降参、そういう知恵を使いながらいくからこそ、本当に「頑張りたい」ときに頑張れると思います。

ぶれる、ひっかかる
2017/02/14

皆さんからよく聞くのは・・・こんなに学んでいるのに「まだ、ぶれる」「まだ、パターンにひっかかる」ということです(学んでいればそういうことはなくなると思うんだよね)

でも〜やりたいことはそこではありません。やりたいことは、ぶれても、ひっかかっても「私」は大丈夫なんだという体験です。

黒パターンをケアし、白パターンを選んでいくうちに、だんだんと「あっ、ぶれても大丈夫だ」「パターンに引っかかっても大丈夫だ」「いいんだそのままで。なぜならば「私」はコントロールの仕方を知っているし、何でも選べるから」という体験がやりたいところなんです。

「ええ?そうだったの?一切そういうものがなくなると思っていた」と思う方もいるかも。「だって、ぶれない人、引っかからない人っているじゃないですか?」ということもあります。

そうなんです。ここにまた不思議があるんですが、ぶれても「私」は大丈夫、ひっかかっても「私」は大丈夫という体験をしていくと、不思議なことに、ぶれなくなるし、ひっかからなくなるんです。ぶれていいよーーー、ひっかかっていいよーーーだって「私」大丈夫だから。と選択しているのに、その逆のことが自然と起こります。マスターはそういうことから、ぶれない、ひっかからないようになっているということです。

ですから、絶対にぶれること、ひっかかることを消そうとしないでください。それを目的にしないでください。

今日はこれから岩手盛岡へ行ってきます。今年初のクラスです。今年の抱負を伺いますよ〜〜〜。では、皆さまもどうぞお元気でお過ごしください。

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