ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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私を育ててくれた人たち T
2017/12/24

私は今まで多くの方々に育てていただいたと思います。

両親、妹や親せき、各年代で出会った大人の人達。ある時期からは同級生や先輩、後輩、上司、同僚、友人、恋人、夫。そしてクライアントさん。

思い返せば、ちょうどいいときに、ちょうどいいようにその人達はあらわれて、良いときも、悪いときも全ては育てていただいた、というところにいきつきます。そう思うと、とてもありがたいです。

あの人とは出会っていたくなかったという人はひとりもいなかった。嫌いな人はいたし、合わない人もいたし、ケンカしてそのままになった人もいたし、縁がなくなった人もいたし、嫌われるということももちろんあった。でも、今となれば全てが必要な出会いでした。

そんな中で、キョウレツに、私を育ててくれた人が数名います。キョウレツに、というのは、私の心に衝撃を与えた人ということです。感動ではなく、衝撃。でも、そこから私が得たものは、とてもとても大事なものでした。それは消えることなく自分の糧になっていて、この仕事に大変役立っています。

私という個体には癒しとか、感動ではだめで、衝撃を与えることで進むだろうと、何かが考え(本当は「私」が考え、セッティングしている)その人たちに会わせたのだろうと思っています。続く。

創造する力
2017/12/22

体重計を買いました。

実は体重計ってずっと持っていませんでした。自分の体重がわからない…ということにある日気付き購入。

今の家庭用の体重計って、すごいんですね。乗るだけで体重だけではなくて、内臓脂肪レベル、BMI、体脂肪率、骨格筋率、骨量、基礎代謝量が表示されます。それらの判定基準が取説に書いてあるので、それと見比べ、ふむふむ。なんか、おもしろくて、毎日乗っています。

昔々ある方から聞いた言葉なんですが・・・・・「体はデザインできる」・・・・・

その方が言うには、例えば足、こんな足にしよう、と思って足をマッサージしたり、その思い描く足になるためにはこんなふうに運動したらいい、こんなシューズをはくとその足に近くなる、こんなふうに立っていたらそうなりそう、などなどをイメージしながら、いつも足に意識を向けて、行動するのだそうです。そうやっていくとそのうちにちゃんと足はその足になるということでした。

それを聞いたときは、わかりませんでした。しかし、今、私もそう思っています。

自分が本当にそうなりたいと思ったときの人間の中に起こる集中する意識は、まさにデザインしていく力をもっています。本当にそうなりたいのであれば常に全ての行動をそこに向けていくはずです。

それは心も同じです。頭でそう思い続けるのではなくて、内側から湧き出るように出てくる意識により、それは常になりたいところを見定めて行動します。全てはそこのために。常にそこに意識がある。それが普通になり、それを続けることが当然になったときに、ちゃんと創造される。だから人間ってすごいんです。よく言われてますよね、しっかりとイメージして、その意識でいることでそれが現実化するということ。そんな創造する力が人間にはある。

自分サイズで
2017/12/21

きのうの制限が好き。なんですが、制限は嫌いという方が多いです。制限なく自由でいたい…と。私は逆で制限があるほうがいい。

仕事の制限、お金の制限、体力の制限、時間の制限、人間関係の制限、持ち物、空間の制限。できることの制限。その中から自分の好みとか、楽しみとか、を探して、見つけて、それを深める。そうやって自分の幸せを創り出す。

そこには、アイデアや、新な視点や、オリジナル性などが表現されていておもしろいです。また、制限があるから自分に無理させないというのもわかってくる。これを超えたらまずいな、とか、これ以上だと体を壊すな、とか。それは自分の使用書を創っていることにもなります。

これらは自分サイズ。だから無理がない。

もっと制限の範囲が広い人もいます。それはその人の自分サイズ。だから比べられるものでもない。

そうやって皆が自分サイズで生きていかれれば幸せなんじゃないかと思います。人生は自分で創るしかありません。誰も創ってはくれないです。そのときの目安になる自分サイズです。

意外と苦しいのかも
2017/12/20

ロイヤルバレエ団の2017年版レッスン。

・・・・・・バーレッスンだけですが、全て覚えました・・・・・・

覚えたから、次はより、正確に美しく体を動かして、表現する…がまっています。これらも楽しみながら続けていきます。来年は、もし、どこかに習いにいくことがなかったら、今までの年版のレッスンを通して行おうと決めています。

今年はこうして動画に助けてもらいながら体を動かしましたが確実に体の可動域は広がり、柔軟性も、筋力も少しついてきました。そのせいか、動きたいという気持ちが出てきていて、これは良い傾向だと思います。

で、バレエですが。なんで好きなんだろうとまたまた考えました。わかったことは、決められた動きだからということ。自由に好き勝手になんでもありでバレエを踊るというのはバレエにはなくて、ひとつひとつが決められています。その制限があるからこそ、その中での自由をみつけて、それを味わえて、それが私には楽しいんだなあと。

語りかけとか白黒ワークとかもそうです。決められたやり方の中でそれらは行っています。その制限が好きなんです。その制限に守られている、制限があるから深められるという感じです。なんでも、自分の好きなだけ、好きなように、となると人は意外と苦しいのかもしれません。

自分を大事にする
2017/12/19

「自分を大事にする」と言います。

それは、とても大事なことのように思えるし、自分を愛しているともみえます。

しかし、どう見ても、その人のパターンが都合いいように自分を大事にしている、愛しているだけにしか見えないということがあります。

ただ怠慢にしか見えないのに、それは自分をリラックスさせている、自分に優しくしている、と思っていたり、自分から動くことは一切やらないのに、自分は見守っていると言ったり、あきらかにまずいだろうということにも、私は自分を自由にさせてあげていると言ったり。そしてそれらを、今の自分を大事にしていることと思っています。

自分の中の誰がそう思っていて、そう言っていて、そう行動しているのでしょう。ここを間違えると、それにみあった結果を受け取ることになるので、大変です。こんなに私は自分を大事にしているのに、なんでうまくいかないんだろうと思うかもしれません。

しかし、パターンが言うところの、思うところの自分を大事にする、なので、それにみあう結果です。

パターンで動いてしまうということは、とにかくやっかいです。その結果によっては、自分だけではなく周りの人を巻き込むこともあります。だから自分をよく見る。そして、パターンでは動かない。そのためには、自分の思考もよく観察しなければなりません。そして、もう、それを選ばないということが本当に自分を大事にするということです。

そんなふうに・・・
2017/12/18

父の持っていた本の中に「彫刻家 船越保武 かたちに込める祈り」という本があります。

船越保武氏は岩手盛岡の出身です。又、息子さんの船越桂氏も彫刻家で、いつも岩手のセミナーを行う会場には桂氏のオブジェがあります。

父は保武氏の作品を大変好んでいました。そのためにこの本も購入したのだと思います。私は特に彫刻に興味があるわけではありませんでしたが、この本を読んでみました。

彫刻作品の写真と、デッサン、デッサンと彫刻についての雑記、抜粋記などで構成されているその本ですが、読み終えたときに、心が透き通るような心地でした。こんな体験はなかなかありません。そこには、マスターたちの動画や本などでは味わえないような透明感がありました(マスターものは仕事柄の目と耳でみているからかもしれません)

船越保武氏はご自身がクリスチャンであることもあるのかもしれませんが、彫刻に向かう姿勢や、そこへの迷いや葛藤や、苦しみや、希望や、そして、そこから広がるその後ろにあるものを見ていく姿に、一貫して清いものがあります。しかし、その清いものの重厚さはなく、あくまでも職人としての彫刻家であることを選んでいます。

この透明感がどこからきているのか。やはり、自分に正直なのだと思います。そんなふうに私もありたい。

ゆっくりさせてあげよう
2017/12/17

きのうは、ポロンを小鳥の病院に連れていきました。

尾羽の付け根にできたガンは少しずつ大きくなっていますが、年のせいか、ガンの進行はゆっくりだそう。ガンはこのまま表面を覆うようにアメーバ―状にひろがるらしく、お腹のほうまで広がってしまうと、かなり厳しいそうなので、それまでに寿命がきてくれるといいなあと思っています。

この病気の鳥がとても増えていると先生がおっしゃり、何故なのかを聞いてみたら「長く生きているから」ということでした。

そうなんだろうなあと思う。今はペットたちの餌は良くなり、環境も良くなり、具合が悪くなれば専門の病院もあり、で、長く生きられるようになりました。となると、体はもしかしたらお役目御免であったものが、使い続けられることになる、使い続ければ、そこはどうしても老化、劣化、弱体化してくる。

これは人も同じです。健康寿命を・・・と言われていても、そうでありながらも、老化、劣化、弱体化は確実にしていきます。で、私はこちらに目を向けて、受け入れていくことも大事ではないかと思っています。健康寿命と同じくらい、老化、劣化、弱体化も大事。

若いうちは自分が老化することも劣化することも弱体化することも全く感じていませんでしたが、今、60代に入り、それは現実としてやってきて、自分を戸惑わせるときがあります。でも、それを大事なこととして私は受け取りたい。そのときの自分として、体の自然な在り方を尊重したいです。

今朝のポロンはきのうの疲れが出たらしく、爆睡状態。ゆっくりさせてあげよう。

軽い心が成長の波に乗せる
2017/12/16

盛岡は、すでに真冬でした。

出発日の茅ヶ崎の晴天から、真冬の盛岡へ。雪の寒さもさることながら、何が一番苦手かというと、凍った歩道を歩くことです。

ホテルは駅直結のホテルにしたのでよかったのですが、セミナー会場へ歩いていく(それも大した距離ではない)のとセミナー後、食事に行くときに駐車場から店に入るまで(もっと距離的には短い)を歩く、というのが滑りそうで怖いんです。皆はすたすたと歩いていましたが、私はよちよちと、どうみても怪しい人。いかにも雪慣れしていない人。その姿は可笑しくて自分でも笑うしかない。次回2月も雪道歩きをがんばろうと自分にカツを入れました。

さて、今年最後の岩手クラスでしたが、皆さんの成長ぶりがとても感じられるクラスでした。ナビの私としてはとてもうれしかったです。

皆さんを見ていて、成長のカギとなるものは、どれだけ自分の中に起きていることを正直に、素直に感じて、それを開示できる力があるかということだと思いました。

ひとりひとりがそれをできるようになってきています。そうすることで、今まで暗闇にあったパターンたちにも光があたり、もう、自分の心の中に暗闇がなくなり(黒パターンがなくなるんじゃなくて)全てに風が通っている状態になります。そこで創られた軽い心がその人を成長の波にのせていくのだと再確認しました。軽い心は楽、自由、です。

来年もそれぞれの課題に向かって、ますます進んでいただきたいと思いました。

カツを入れる
2017/12/12

先日いらした方からお聞きした話です(ご本人の承諾を得ています)部屋に入っていらしたその方のお顔が、はっとするほど、今までと全く違って見えました。それは、明るく、軽く、柔和でした。目がしっかりと開かれ、光があり、何か突き抜けた感がありました。

何があったのかをお聞きしたところ「先生に、前回、カツを入れてもらって、スイッチが入りました」という応え。それは、自分でやるというスイッチ。語りかけもやってはいたもののまだどこか本気ではなかったのだと言います。

で、私が言った言葉「もんもんとしているのなら語りかけして!」それを聞いて、そうだよなあ、と思っていたけれど、後から、先生から見捨てられたという気持ちや、くやしさや、自分の弱さに負けたくないとか、なさけなさとか、いろんな感情が出てきて、とにかく自分でやろうと決めたのだそうです。

それから1か月は自分の人生で初めてと言っていいくらい自分に向き合い、語りかけもちゃんと行ったそうです。夜寝る前には「全て自分の思い通りにしたい」というパターンに語り続け、夜中に目がさめたときにも語りかけ。鏡のところに「もんもんしているときは語りかけ」と書いた紙を貼り、実践。

そのうちに語りかけをすると胸のあたりが温かくなることに気付き、自分の中が落ち着いてきたのがわかったとおっしゃいました。それにより、今までその方がずっと悩んでいた家族との会話を行ったのだそうです。それにより家族とちゃんと話すことができたとそれはとてもうれしいことだったと話されました。

お話を伺っていて、結局、本人しだいということと、語りかけを正しく行えているかどうかということを思います。正しくというのは色々あるのですが、何よりもどんな動機で行っているかというところはとても大事です。

11月、12月と私はカツを入れることが多いです。何かに動かされるようにそれはやってきています。ぜひ、カツを入れられた方(笑)はプレゼントだと思ってスイッチを入れる起爆剤に使ってください。

さて、今日から岩手です。今年最後の出張です。岩手クラスにもカツを入れてくるかも。逆にカツを入れられるかも。行ってきます。

「私」はそうは思っていない
2017/12/11

キーは「クール」と昨日書きました。

このクール、一般的には冷たい、よそよそしい、壁があるなどをイメージするかもしれません。そして、そのクールの反対にあるホットは、あたたか、親しみがある、優しい、とイメージするかもしれません。ここでのクールとホットは同じ線上の左と右に置かれている意味づけです。ですので、これだけでクールを見てしまうと、ホットのほうがいい、と思うと思います。

しかし、意味づけは同じ線上だけで成り立っているものではなく、クールの深さというところでの意味づけもあります(領域によって変わる意味づけ)クールを今までとは違う体験をすることでそこの意味づけは生まれます。

それが昨日書いたような、俯瞰的、達観的、未来的、そして非2極的というものです。

そして、語りかけでは必ず「あなたは〇〇と思っているんだね」と語ります。これはあなた(パターン)はそのように思っていて、こんな感情がわいているけれども、「私」はそう思っていないので、その感情はない、ということが含まれています。

ここから見えてくることは、共感とは、相手のそれへの理解であり、でも、自分も同じということではないんです。たぶん、同じところで共感をした場合は同調になりやすい気がします。ここにも「私」のクールさがあります。

パターンに飲み込まれたときにはこのことも思い出してください。パターンが言っている、感じていることを「私」」はそうは思っていないんだということ。そしてそれが本当の自分であるということ。

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