ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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ひとりでいく道
2018/12/25

12月になると「シントラ声明」(七浜 凪 著)が読みたくなります。

この本を買ったのは、ずいぶん前の12月でした。岩手クラス出張の帰り、東京駅の本やさんで購入しました。その後、皆さんにも勧めて、今や「魂の道場」推薦本の1冊となっています。

この本を今年もまた読みました。何年たっても薄れることなく、キョウレツに魂に響く言葉が並びます。気持ちいいほどの厳しさ。端的さ。世間にまん延している自分の価値を感じられる「癒し」の数々の本。情報、言葉。そういうものが、薄っぺらく感じられるような力がその言葉にはあります。

前にも書いたかもしれませがこのくだりは今回も印象的でした。

「おまえたちが手を伸ばそうとしているもの。寛容で心が広く、いつも微笑んでいて人にやさしく、人に頼りにされ、誰からも好かれ、人の力になれる・・・・・そんな者など、この世にはいない。そんな偶像など、吹き飛ばしてしまえ。どんなに美しい代名詞を使っても、まがい物ならば意味はない、おまえたちはそんなものより、もっと澄んだ、本物の自分とその魂にたどり着かねば。良くある必要はない。たぐって行くのだ、本当の自分を。」(シントラ声明より)

・・・・・そんな者など、この世にはいない。良くある必要はない。・・・・それは私達が抱きやすい偶像です。良くあることが人として素晴らしいこと、だと思っています(これもパターン)そして、何よりそういう自分であれば、他人から信頼され、称賛や、評価が得られ、自分の存在価値を確認できると思っています(気付いていない人がほとんどだけど)それが当たり前であるぐらい、私たちには自分を支えてくれる他人が必要なことがあたりまえになっています。だから、そこを得ることだけを考えて生きています。

そんなところに貴重な時間とエネルギーを使うな、とシントラは言います。そんなことより、澄んだ、本物の自分とその魂にたどりつけと言っています。そこには他人はいないんです。そこを目指せと。そして、そのためにはたぐっていけ、と言っています。感情・感覚をたぐりよせ、その底に何があるのか目をそむけずにしっかりと見、今の自分がどういう状態なのかを把握せよということです。それがなくて先に進むことはできないといいます。

こうして、ひとりでいく道なんです。全員が。本当の澄み渡った自分に出会っていく道を全員が実は歩いているんです。

辛口のこの本が本当の愛に満たされていることを今回も思いました。

良い月と良くない月
2018/12/24

この時期になると、来年の占いというものをみかけます。

先日もネットでそういうものをみつけました。

「・・・おうし座の2019年・・・」来年の1月から12月までをタロットカードで読み解くというものでした。女性の占い師さんがひいたカードをひと月ひと月読み解いていくというものです。良い月もあれば良くない月もあります。

見ているうちに飽きてしまって、何が飽きるんだろうと考えました。そこで気付いたことなんですが。良い月というのは、健康で、自分が他人に認められ、自分の努力が実り、仕事が社会に評価され、お金や得るものがあるなどをあげている。良くない月というのは、体調がすぐれず、孤独にこつこつと励み、評価を得ることはなく、何かを手放し、我慢をし、お金も支出が多いというのをあげている。

決まってしまっている良いこと、良くないことというのがおもしろくないんだと思いました。

そして、はっきりと感じられたのは、私は(もう)自分が他人に認められる、自分の仕事が社会で評価されるということは望んでいないということでした。私は今で十分で、ただ、これからも自分自身の成長が欲しいだけなんだと思いました。ここは貪欲だと思います。

有名になりたい、ビッグになりたい、メジャーになりたいという人は多いです。それもある領域においては通るものです。しかし、それも何故そうなのかを深く、何度も見たほうがいいです。いつも言うように黒パターンでのそれでは結果が自他ともによくないからです。

そして、そもそもどんな事象にも本来意味はなく、自分で意味づけすることができるので、そのとき、そのときに起きたことに意味づけをしながらいけば、良い月、良くない月と言う分離もなく、それなりに混ざりながら流れていくと思います。

おうし座の来年の12月に出てきたカードは、どうも、よろしくないカードだったようで、占い師の方も困ったようでした。「年末にきてこれ・・・ですか・・・・」と言っていました。そこでもう1枚カードをひいていましたがそれもやはりよくない。ではもう1枚ひきましょう、とまた出してみたもののそれもいまいちらしく。やはり、良いと良くないとにしてしまうとこういうこともあるよなあと思いました。

人生は良いこと半分、良くないこと半分ずつ。だから、少しずつまぶしていけばそれなりにいくだろうと思っています。あとは、自分の個性をふまえてどのようなまぶし加減にしていくのか。これは、良い月も良くない月もないからこそできることです。

全てはそういうものだよ
2018/12/23

12月18日の朝7時前の風景。

雲の全くない日の朝も素敵だけれども、こんな日もいいです。雲にかくれている太陽が時々ちらっと姿を現し、光を届ける。そしてまた雲の中へ。それが繰り返されていました。

刻一刻と姿が変わることは全てがそうであるということです。今持っている悩みも問題も、目にはみえていなくても、流れてその姿を変えていっています。今日も昨日と同じかあ、毎日毎日同じことの繰り返しかあ、はないです。今の状態がずーーーと続くことはありません。

自然が「全てはそういうものだよ・・・」と教えてくれています。

だから今日も深刻にならずに生活をする。

大器晩成
2018/12/22

「大器晩成」・・・・大きな器は完成するまでに時間がかかることから、真に偉大な人物も大成するのが遅いということ。大人物は遅れて頭角を現すということ。才能がありながら不遇である人に対する慰めの言葉としても用いる。▽「大器」は偉大な器量をもつ人。「晩成」は多くの時間を費やして成就すること。(三省堂 新明解四字熟語辞典より)…と辞書には書いてあります。

で、思ったんです。私たちは皆「大器晩成」だなあ・・と。「大器晩成」と言うと、晩年、社会的成功をする、というイメージがありますが、そうではない大器晩成への意味づけもあるじゃないかと思います。

それは「私」として自分を生きることで自分の大器を完成させていくというものです。それは、どれだけ大きな仕事をしたか、どれだけ有名になったか、どれだけお金を稼いだか、ということではありません。

そして、この大器晩成を得るためには前半は自分ではないものごとの体験が必要になります。いわゆる機能不全の自分として生きて、問題をかかえ、悩み、苦しみ、悲しみ、にっちもさっちもいかなくなって、または心身を壊して(私です)「はた?」と疑問をもつ。何故私はうまくいかないんだろう?そこを変えていくには?と。今までのやり方ではだめだったのだから、何か新なやり方を見つけるしかない。ということから今までは外側だけに向いていた視線を自分に向け、本当の自分の生き方を思い出す作業をしていくことになります(やりたい人は)

そうして、時間をかけていくうちに自分という大器になっていく。そういう大器晩成もあり、それは誰にも平等に与えられています。

人生の後半でないと創れない大器。そんな大器晩成もあります。

そして「魂の道場」としてはこちらの意味づけを選んでいます。それは宇宙の意思に沿ったものだからです。宇宙の意思に沿ったものとは、誰にでも与えられているもので、特別な秘儀とか、教えを知らないと得られないものではありません。

優しく、おおらかで、確実に構築していく大器晩成を目指してください。

「私」はそれでいい
2018/12/21

どんなパターンがあろうが、どんなにそれが騒ごうが「私」はそれでいい・・・と昨日書きました。

「私」はいい、は、そうであって大丈夫ということです。大丈夫なのはどうしてかというと「だって、ひっかかっているだけだし、それによって感情が生まれてきているだけだし、起きていることはそれだけだから」です。それではいけないの?ということ。ひっかかってはいけないの?ひっかかって感情が湧いてはいけないの?・・・・・という素朴な疑問。

ひっかかったパターンを見つめ、その感情を察するそれだけのことなので、「私」はそれでいい。

例えば、私たちには目があって、鼻があって、口があって。それに対してはひっかからないですよね。それと同じ感じでパターンと感情を捉えているというとわかりやすいかも。パターンと感情に特別な意味づけをしていない、特別視していないというかんじでしょうか。

ただ、あるもの。これがキーポイント。意識がシフトするスイッチです。

どんな意識へのシフト?全てをそのまま認めるという意識へのシフトです。いろんなものを持っている自分をそのまま認めるというところ(認めるということでそれを選ぶということではないし、開き直るということでもありません)であらゆる縛りから解放されます。

本来の意味で「自分はこのままでいい、何も変えることはない」ということもここで理解するのだと思います。

意識的にどんなパターンにひっかかろうが、どんな感情がわいてこようが、それだけのことであるという思いをもってみてください。素直にただもってみてください。それでまた何かが見えてくるかもしれません。

あなたはあなたのままでいい
2018/12/20

パターンへの語りかけで「私」が「あなたは(パターン)そのまま、そこにいていいよ、あなたは自由にひっかかっていいよ、いつでも騒いでいいよ、あなたはあなたのままでいいよ」という(ような)ことを言います。

この言葉の持つ世界観を感じられるといいですね。それはいつもの状況でいつも通りにひっかかり、ネガティブな感情を生み出しているパターンを「私」は見ていて、知っていて、そこへ意識を向けるわけですが、そのときに他のパターン(またひっかかっていて嫌だ、いつまでひっかかってんだ、まだひっかかってる、成長していない、こんななさけない自分は嫌だ、感情に飲み込まれる自分がつらい、などなど)を介入させないのであれば、そのときの世界は「私」と最初にひっかかったパターンと2人(人じゃないけど)きりの世界なんです。

そうだなあ、イメージとして広い草原に2人だけでいるみたいな。気持ちのよい所に2人きり。で、「私」が冒頭の言葉をしっかりパターンに言っている・・・というような感じとか。

そうすると、「私」としては、目の前のパターンだけに意識をむけているのでとてもシンプルな状態にいます。≪そうだよね・・・・・あなたは、ひっかかった(だけ)んだねーーー、いいよ、いいよ、好きなだけひっかかっていて大丈夫だよ。「私」は全部引き受けられるし、「私」には良いも悪いもないから。ただ、起きていることをありのままの目で「私」は見て、知り、あなたを安心させたいだけだから≫という世界観がここにあって、冒頭のパターンへの言葉はそれを表現しています。

あるものをただあるものとしてゆがみなく見つめ、知り、そのものを愛する「私」です。これが「私」です。この深く、広く、単純な感覚を身につけていかれるといいです。そうなればどんなパターンをもっていようが、それが騒ごうが、死ぬまでそれが出てこようがいいわけです。それが自分の全てを許し、愛するということになります。

多くの方が「完璧になることを望むパターン」に動かされている気がします。それもパターンなのでそのパターンとも2人きりになって語ってあげてください。

インナーチャイルドワーク
2018/12/19

魂の道場で使うワーク。語りかけ、白黒ワーク、中立ワーク、インナーチャイルドワーク。そのほかに「これは「私」ではない」「だまりなさい、「私」が決めるからあなたはだまっていなさい」「「私」「私」「私」・・・」があります。それを自分の状態にあわせて上手に使っていってほしいです。

それらを使ううちに、それぞれのワークの後ろにあるものが見えてきて、全てがひとつになっていることを感じられるようになると思います。そのときには、あなたは、すでにワークマスター。

そんなワークの中でわりとわすれがちになるのがインナーチャイルドワークなので今日はそのことを書きます。

自分の中にはパターンが住んでいる卵型の部屋がありますが、パターンたちの下の部屋にはインナーチャイルドが住んでいる部屋があります(その下は今世の自分の課題に関わっている前世の自分が住んでいるよーーー)インナーチャイルドは3歳頃から高校生〜大学生くらいの今までの自分です。とくに恐怖や不安や罪悪感や強い怒り深い悲しみなど当時かかえきれなかった体験をした、そのときの自分がそのままフリーズしてその場所にいます。

その子たちは「私」が育ってくると出てきます。救済されることを待っていて、今の大人になった「私」に助けてもらいたがっています。そのときのことをある日急に思い出したときは、その子が呼んでいるということなので、そのときには「私」がその時のその場所に行ってその子(過去の自分)に会い、話を聞いてあげたり、小さな子供のときにはしっかりと抱きしめてあげたり、その子が望むのなら一緒に遊ぶこともいいですね。

ただ、そのときに、決して説教したり、諭すことをしたり、早く元気にさせたくて、褒めたり、励ましたりはしないでください。例えば「おかあさんがつらくあたったのは、お母さんも疲れていたんだよ。本当はあなたのことを愛しているんだよ。そのことがあなたもわかっていたでしょう?えらいね。あなたは優しい子なんだよ」というようなものです。

語りかけのときと同じように、その子の言い分をそのまま聞きます。そして、パターンに語るときのように「そうだね、つらかったね、怖かったね、わかっているよ、守っていくよ、ひとりぼっちじゃないよ、いつも一緒にいるよ、あなたのことが大好きだよ、大事に思っているよ」ということを伝えます。

「また明日も来てほしい?」と聞いてみて「来て欲しい」と言ったときには、必ず行ってあげてください。高校生や大学生であればもう少し、深い話もできると思います。必要なら肩を抱いてあげたり、抱きしめてあげたりして、過去の自分に愛をたくさん与えてください。過去は終わっていないんです。

インナーチャイルドの救済もすごく大事です。ある日急に思い出した過去の自分のこと。これはスルーしないで「私」が必ず出動です。

一切ムダはなし
2018/12/18

「魂の道場」の試験に合格し、カウンセリングを行いたいという方はぜひ今までのご自分が生きてきた中で体験したこと、仕事としてやってきたこと、自分の個性も使い、カウンセリングに活かしていただきたいと思います。

カウンセリングのスキルも大事ですが、おひとりおひとりが生きてきた中で体験したこと、仕事としてやってきたこと、自分の個性を表現することを大事にしたいと私は思っています。それにカウンセリングを+していくことで、それは私にはできないカウンセリングになり、オリジナルなものになります。

生きてきた今までの中には、よくないこともあったかもしれない、人に言えないようなこともあったかもしれない、失敗も挫折もあったかもしれない、しかしそれにより自分に向き合うことをし、自分を変化させ、それによって体験したこと、決めたことなどあると思います。それらも全て使うことで自分にしかできないカウンセリングができます。

日々お会いしている皆さんが、私の知らない世界でたくさんの体験をしてきたこと、私には理解できないことをやっていること、私の苦手なことを仕事にしてきたこと、その知識とキャリアがあること、子供を産み、育てたこと、介護をやりきったこと、自分自身が重い病になったこと、など知れば知るほど、その人その人のオリジナルの可能性を感じます。今までの人生に一切ムダはなしということです。

昭和の時代のように、先生から教えられた通りのことだけを全く同じ形態でやっていくのではなく、又、カウンセリングを昭和的な捉え方をするのではなく、自分の全てにそれをミックスして、新なものを創っていかれるといいと思います。カウンセリングというと、どうしても、固さや難しさ、生真面目さをイメージしやすいですが、そういう枠も壊して自分が楽しめるカウンセリングをおこなっていってください。

自分というのはもちろん「私」のことであってその「私」が楽しめる・・・ということです。それはこの宇宙が許す在り方でその波に乗ってしまえば、あとは、その人にあったいいあんばいのところへ運ばれていきます。

普通の在り方
2018/12/17

昔、先生に教えていただいたこと。

人の精神性(霊性)の進化には順番があってまずは自分自身との調和、次に他人との調和、次に自然界との調和、次に霊的なものとの調和、という順序で進むことが安全であり、正しい道を歩むものとなる、ということ。

この中で最も難しいのは自分自身との調和だということ。当時は「ふーーーーん」くらいに聞いていたこのことがこの頃は身をもってわかるようになりました。

まずはこの自分自身との調和をやっていくことが大事です。そしてそこがとても難しい。でも、そこができるようになって他人への理解や許しが深まる。

そこで人は喜びを感じるようになります。それは他人をサポートでき、相手が喜ぶことへの喜び→そうできる自分への喜び→それを天にかえしていく喜びというように変化していっていると思います。そして、多分、その喜びのもつエネルギーが次へ・・と誘うのだと思う。というか、自然とあちらが近寄ってくれる(教えたがっているから)

スピ系セミナーなどで、この自分自身との調和をスキップして霊的調和を教えているところが多いので(手っ取り早く楽になるものを望む人が多い=稼げる)注意してください。

私も昔はそうでした。それがあれば違う自分(嫌なことが一切なく、愛とやすらぎにいつも包まれている)になれると信じていました(それぐらい現実がつらかったんです)ですから、そんなうたい文句のセミナーに通ったときもありました。で、そこで体験した神秘体験(今思うと、それは先生が私に見せたものだったと思います)そんなものを体験してしまえば、その先生を盲信していくということもおきてきます。その先生がすごい先生だと周りの多くの人が言っていればなおさらそれは確信になりました。

そして、そこに通ううちに身体に症状(発熱、げり、じんましん、頭痛など)が出ました。「それは魂が汚れているから」「肉体に出るのは内側の汚れを浄化している証拠だから」と言われそんな先生の言葉を信じていました。しかし・・・・・・・・・・それは違っていた。ただ、身体が拒否反応をおこしていたんです。ここは私には合わないと。このやり方は普通ではないと。とても簡単なことでした。で、そこをやめました。

そして、冒頭の言葉です。まずは自分自身との調和。それは時間がかかると思います。しかし、そこができてくれば、あとは自然とその調和は他人に流れていきます。そこには喜びがある。きっと今までとは違う喜びが。しかしそれは魂の中にあり、昔むかしに体験していたものだと思います。それを思い出していくことでもあると言えます。

自分の在り様を変える
2018/12/16

他人は変えることができないけれども、自分を変えることはできる。ということと同じように、今の現実を自分の思い通りに変えることはできないけれど、自分の在り様は変えることはできます。

そして、それが、結果的に現実をかえていくことに自然となります。

現実が自分にとって嫌なことであると、どうしても力でそれを変えようとしますが、そうできないことのほうが多いように思います。特にそこに他人が関わっているときには。

現実が自分にとって嫌なときというのは、もちろんパターンが今の現実にひっかかって嫌、つらい、苦しいという感情を生み出して、その感情に飲み込まれて現実が嫌になるんですが、それはパターンを中心にして選んでいることになります。

そんなパターンが嫌がる現実ですが、そこにあっても自分が(「私」が)気分よくいられるものを選択する、ということが自分の在り様を変えるということになります(これが白パターンを選ぶということ)在り様を変えたからといって現実がすぐに変わることはありませんが、この在り様がこれからにつながります。

・・・・・結局、一瞬一瞬に何を選ぶか(どんな気持ちでそこにいるか)だけです・・・・・これができてしまえば、クリエーターとしての自分として全てを生きていくので、まさに自分の人生を創造し続けていきます。

それを選んだときも、パターンは「そんなことしたって、苦しいことは変わらないじゃないか」と言ってきたら語りかけをしてあげてください。それはそれで言い分をもって存在している彼が自分の中に共存しているので、大事にします。

でも「私」が選ぶ在り様。

一気にできなくても大丈夫。私もその繰り返しできて、だんだんとできるようになりました(かと言って100%完全にではありません)少しずつですが、小さな体験が積み重なっていくことで、極端な変化を起こさない分リバウンドもないです。

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