ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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本当によかった
2019/05/07

「魂の道場での学びを続けてきて本当によかった」と言う言葉を聞くと、とても、嬉しいです。道場を続けてよかったと思う。

そして、そのときに必ず思うのは「私自身もこの学びを続けてきて本当によかった」ということです。

もし、自分の中に本当の自分「私」がいることを知らずに生きていたら、パターンを自分として生きていたら、感情に翻弄されて生きていたら・・・・・私はとても苦しい今であっただろうと思います。

日々、苦しさや、悲しさや、悔しさや、不安や恐怖を感じながら(又は感じられない状態で)他人に負けないように闘い、どうにかして自分の存在価値を他人に認めさせることを追い求めて生きていたと思います。又は、自分が捨てられないように、嫌われないように、自分を庇護してくれる人に服従して生きていたと思います。

過去の出来事にひきずられ、未来への夢もなく、時々ある、ストレス解消や、趣味や、ちょっと自分の得意なことを自分の武器と鎧にして、それを楽しいと感じて生きていたと思います。自分を信頼できないため他人も信頼できず、でも、表面上はとてもうまく生きてそれが大人だと思っていたと思います。ひたすら自分が傷つかないようにと考えるため他人と心を通わすという体験もできなかったと思うし、家族にも優しくできなかったと思う。

それは想像するだけで、つらいです。そして、そんな自分ではあまりに可哀そうだと思う。私にだって、普遍的な資質があり、この宇宙にたったひとりの存在なのに。

自分がパターンで生きることで、自分を大事にできないことは、全てにとって善くないことです。ですから、冒頭の言葉を聞くと、ああ、この人も、自分を大事にできるようになったんだ、と、ほっとします。

時間はかかりますが、パターンでは生きない、自分を大事にできる大人を増やしていきたいです。自分を大事にできる人は他も大事にできるから。そして、それは人として最も幸せなことだから。

元気なうちは、この学びを伝え続けていきたい・・・・と思ったゴールデンウィーク明け。

再びみつばち
2019/05/05

昨日の朝も全開にしていた窓から、みつばちが入ってきました。

しかし、今回は、部屋の中を大きく飛び回り、ガラスにぶんぶん当たることはしませんでした。「よし、よし、君は、昨日のことから学んだんだな」と勝手に前日のみつばちと同じみつばちだと思って話かけました。

みつばちは開いている窓から外へ出たり、また入ってきたりをくりかえし、私のそばにも飛んできて、チェックしているようでした。「仲良くなりたいの〜?」とまた話かけ、ちょっとしたファンタジーを感じていたのですが・・・。

部屋中を回って飛んでいる様子を見て、もしかしたら、これは巣をつくるところを探しているのかも・・・・と思いました。

イスの下や、テレビの後ろまで飛び回っています。これはまずい、と思い、外へ出て行ったタイミングで窓を閉めました。すると、外から部屋に向かってガラスにぶんぶんぶつかっていました。しばらく窓全開は考え物だと思いました。

そう言えば、少し前は鳩のカップルが巣作りのための場所を探しにきていました。ベランダに降りて、室外機の下にもぐってみたり、すみに置いてある植木鉢の後ろを覗いたりしていました。でも、ここはだめだと思ったらしく、3回ほどの下見の結果うちは選ばれませんでした。きれいなカップルだったのでうちに来てもらっても私はよかったんだけどなあ。

駅近のマンションの1室ですが、時々こんなように珍客があらわれます。

先日いらした方が「先生…ベランダのてすりにすごくきれいな鳥が…」と言うので見て見ると、身体全体がきれいな青でお腹のあたりが茶色っぽい鳥が止まっていました。青い鳥・・・「自分の足元を見てごらん、遠くに探しにいくのではなくて。全ては足元にあるんだから」と言ってくれたのかも・・・。

ぶんぶん みつばち
2019/05/04

昨日の朝、窓を全開にしておいたら、虫が入ってきました。見るとみつばちでした。

みつばちはこのあたりではほとんど見ません。そして、まさかこの高さまで上がってくるとは・・・。

ガラスにぶんぶんと当たりながら外に出ようとしています。ガラスの横は全開なのに、わからないんです。しばらく見ていましたが、いっこうに出られる様子が見えなくて、出そうと試みました。

手で軽くあおって外へ行くようにしてみたり、紙にのせて出そうとしたり、ティッシュでくるんで放そうとしてみたり。しかし、うまくいかず。余計、ぶんぶんとガラスにぶつかって外に出ようとしているみつばちの姿を見たときに、これは自分だな、と思いました。

私よりも大きな存在は「違うよ、違うよ、こっちだよ」と誘っているのに、それは怖くて、嫌なものと捉えていて、とにかく自分の決めたことでやろうとする。

ちょっと離れて見て見たら、違うものが見えてくるのに、今のところから離れようとしない。自分の決めたことに固執してしまうと、このような状態になるんだと教えられました。

最終的には、うちわで、ちょっと強めの風を送り、それにとばされて、窓から外へと出て行きました。

よかったとみつばちは思ったことでしょう。もしかしたらそのよかったは「何度も何度もぶんぶんとぶつかってよかった。それが正しかった。だから出られたんだ」かもしれません。

君は強い風を送った私のおかげで出られたのに。こんなふうにできている私達の毎日なのかもしれないです。全部が自分の力で動いているのではない。何かが自分をより善きほうへ動かそうとしている・・と考えてみると、一見怖いことも、嫌なことも、本当に自分を救うものなのかもしれません。

だから、今起きている一見怖いこと、嫌なことを、悪いことと決めてしまわないこと、それは自分をどこへ誘っているのか、何を変えるべきなのか、どうするべきなのか、何を教えてくれているのか、を考えるといいです。

すでに知っている
2019/05/03

カウンセリングで私が言う言葉を聞いて、相手の方が「ああ、そうなのか」「言われないとわからなかったけれども、そう言われればそうですよね」「そうかーー、なるほどーー」と返答されているのを見聞きしているうちに、わかったことがありました。

それは、その方の心の中では、もうすでにそれはわかっているということです。

私の発する言葉は初めて知るものではなく、ずっとずっと昔から実は知っているというもの。長い転生の中で、きっと体験し、知恵とし、心の奥底では知っているもの。それは顕在意識には上がってきていなくても、存在しています。

ですから、私の言葉は私とその人の言葉なのだと思いました。

私は私とその方との共通の言葉を発している。でもそれは「私はわかる」ということではなく、純粋に行われるカウンセリングにおいてのみ起こること(私はこれ自体がサポートだと思っています)なんだということもわかります。「私はわかる」は「私」にはないものなので、ここは注意です。

潜在意識にすでにあるものを(今、ちょっと忘れているけれど)いかに顕在意識にあげてくるのか、ということもカウンセリングの重要点なんだなあと感じています。

そうだよね、誰もが何度も人生を生きていて、そこでは様々な体験をしてきているのだから、誰もが「自分はどうありたいのか、どう生きたいのか」は知っていると言えますね。

だからそこへ響く言葉は、その人を動かしていくことになるのだと思います。

自分の思いを薄れさせない
2019/05/02

「令和」初日のきのうは、新天皇、新皇后の誕生を人々が喜び、それと共に、多くの人々が新な気持ちで、これからの時代の日本が良くなっていくことを願った1日だったと思います。自分もまたしっかりと生きていこうと誓った方は多かったのではないかと思います。

それは、よかったと思うのですが、肝心なのは、その気持ちを(行動を)継続させることです。そのときは、本心からそう思っていても、日がたつごとに、また日常の生活が中心となり、あの「令和」初日の自分の中での思いはだんだんとうすれていきます。これが、何かを成し得るということを拒むことになるのですが、これがほとんどだと思います。

「魂の道場」では祈ることを皆さんにお勧めしています。祈りには、このように薄れていきやすい自分自身の約束や、目標や、指針というものを毎日忘れないようにするという面もあります。

毎日、祈りという非日常的な行動により、忙しい毎日から少しの間離れ、自分の思い(感謝と宣言)をもう一度確認し、それをかみしめることで、薄れていくという現象をなくしていくことができます。

そのほかにも祈りには力があります。特に感謝するというその力はダイレクトに大地に天に、他に、ものごとに届きます。それにより、自分の存在そのものが大事であることもだんだんわかってくると思います。又、大事な存在である自分ではあるけれども、人が生きる領域というものも感じられるようになる気がします。祈りには人智を超えたものへの畏敬もあります。

自分の思いを薄れさせないこと。それを継続し続けること。それにより、願いは届き、それをサポートしようとするものが動いてくれます。それを感じられたときにはぜひそのサポートしてくれたことへの感謝をささげてください。

今というこの一瞬にいる
2019/05/01

自分の体験からも、言えることですが。

今というこの一瞬にいるとき、人は安定していますが、過去と未来にいるときには、悩みや、心配や、不安や、もやもやや、重さ、暗さ、混乱が出てきます。

それは過去に自分がやってしまったこと、やらなかったこと。これから起こるかもしれない不安な出来事、それらは人を翻弄し、とても疲れさせます。疲れやすい、疲れが抜けにくいという方は、このように過去と未来にいる場合が多いと思います。

疲れたという感覚を感じたときには、自分はどこにいるのだろうと自分を見て見るといいです。

たとえ、過去に人には言えないことがあったとしても、または、今のまま未来へいくと大変だろうということがわかっていても、今というこの瞬間にだけにいようとして、意識である「私」が動けば、うそのようにそれは消えてしまいます。

そして、その今というその瞬間にいることで得られる、安定感や信頼感をよく感じてから、今のところで、考えるべきことがある場合は考えてみます。又、過去のことも、それが起きた意味を考え、それを今の自分に活かすことを考えてみます。

今にいるということは、今にいてただ、ぼーーーっとしていればいいということではありません。何もしないで流れるままに(誰が流してるの?)いくということではありません。今にあることが自分を癒してくれる(誰が癒しているの?)ということでもありません。

今というこの一瞬には全てがあります。だからこそ、熟考できて、だからこそ、必要なことを選択できます。そうか、全てあるんだ、だからこんなに安定しているんだ、ということも感じてみてください。今というこの一瞬、そこは広く、深く、本来の居場所だから自分をしっかりと支えてくれます。今というこの一瞬を感じられるようになるためには「私」「私」・・と本来のところに自分という意識をもっていく練習をします。

今日から「令和」の時代がスタート。新な気持ちで、もう、ぼーーーっと生きない。今というこの一瞬の安定を自分のものにできるように、ぜひ!

気づけるようになったことが・・・
2019/04/29

ポジティブな感情を感じると、人は嬉しいし、気分がいいし、うまくいっていると思います。

しかし、それが自分の中の誰が感じているのか・・・・というところの洞察により、実は黒パターンが喜んでいるだけ(このポジティブな感情は黒パターンから生み出されていたということ)ということにも気付けるようになります。

昨日お会いした方が、そのようなポジティブ感情を感じたものの、なんかそこには違和感があり、変な高揚感があり、頭が疲れているという感覚を感じたという話をされていました。それで、それは、パターンなんだとわかったという話をされました。「そこで「私」にはそれは必要ない、という白を選ぶことにしました」という話になりました。この選択もすごくいいと思いました。

この深い洞察ができる、わかる、というところは大きな成長の証のひとつです。

はじめのうちはネガティブな感情は黒、ポジティブな感情は白、というような捉え方をしますが、自分の中を見ていくうちにそうではないことに気づけるようになります。

この気付けるようになったことが成長・進化です。その結果、こんな自分を手に入れたとか、〇〇になったとか、特別な力を持ったということが成長・進化ではなく(それは付録)今までこうだと決めていたものごとが、実はそうではなくて、こうだったということへ気付けるようになったこと、そして、それがどんどん更新されていくことが成長であり進化です。

そして、新なものごとを知るということは、今までなじんできたものの中から見つかります。今までこうだと決めてきた物事の中にあります。だからこそ、変わり映えのしない毎日が大事なんです。変わり映えしないからこそ見つける機会があるということです。

自分の中で、いい、気持ちいい、楽しい、うれしい、などのポジティブな感情が湧いたら「私」がそのパターンをみつけてみてください。

みんな大変
2019/04/28

お会いしている方が「みんな、大変(不安や不満に飲み込まれ、突き動かされ)なんだなあ・・・と思った」と言いました。

この言葉、決して大変な人達のことをバカにしたり、下に見たり、責めているのではなく、ただ、自分が見た(感じた)そのままを言葉にしたものです。

「あなたもそうだったでしょう?10年位前・・・」と聞いてみると「そうです。すごく大変だった。でも、今は大変ではなく、幸せを感じられるようになってきている」と言います。

この10年位で、自分の周りの人達を見たときに、そうか、みんな、大変なんだということを感じられるようになるくらい、その方は、大変から離れたということになります。大変の中にいる間は、他人を大変とは思えません。自分が大変だから、自分のことで精いっぱいです。皆そうです。私ももちろんそうでした。誰もが「私」ではない「大変」を体験しないと進めないんです。

ここで、その大変に対峙するか、逃げるかで未来は変わります。又、逃げることがだめなのでもありません。今の自分には「大変」に対峙するのは無理であると理解できれば今は逃げていいと私は思います。タイミングはあります。

でも、どこかで勇気を出して対峙することを選ぶ。そうして、大変な自分と向きあうことでその人のペースで、その人の力で成長し、そこから自然に大変から抜けていく。抜けたことさえわからないぐらい自然に。そしてその人は自然と気付くんです。自分の成長を。こういう在り方が私はとても好きです。無理がない在り方。自然の流れに乗っての成長。

以前ヒーリングのシルバーバーチの本を読んだときに「あなたはひたすら自分の心を整えなさい。あとは私たち(霊の医師団)が行うから」というような言葉がありました。ここではヒーリングにおいてということで書かれていますが、これはこの地上で生きている私達、誰にとってもあてはまることだと私は思います。

人がやるべきことがあります。人の担当するべきこと。それは自分で心を整え、自分の成長を促すことです。このやるべきことを忘れ、人でありながらサポートする側と同じものを欲しがったり、自分にはそれができると思うのは、まだ、人というものがわからないからかもしれません。

人の中にある「神」の資質の部分の「私」は確かに神の子ではありますが、それを育てないかぎり、私たちはサポートするものと共に生きているという体験をすることはできません。そして、その体験をするために「私」を育てるのではないんだ、というところに人の持つ、神聖さがあると思えてなりません。

ピンク色の岩手
2019/04/27

私が「桜、桜・・・」というものだから、岩手クラスの皆さんがセミナー後、盛岡にある「高松の池」に連れていってくれました。池(といってもかなり大きい)のまわりにはぐるっと桜の木が満開の花をさかせていました。

桜を見るというのはやはりこのスケールでないと見たと言えないなあと思いました。

おなかがすいていたのでまわりにある屋台に目が泳ぎつつも(「よーこさん、花より団子ですね」と言われ(笑)・・・)平成最後のお花見をすることが出来ました。

そして、帰る日の午前中は「北上展勝地」に連れていっていただきました。そこへ向かう途中でも桜は満開でした。「北上展勝地」は「みちのく三大桜名所」のひとつだそうです。うねりのある古木が多く、それの作る桜のトンネルを歩き、ボートに乗り、遠くから桜の群生を眺めました。

・・・・・ピンク色の岩手・・・・・

この時季の岩手を初めて体験しました。皆さん、お心遣い、本当にありがとうございました。感謝です。

そんなピンクムードで帰りの新幹線に乗り席につくと、隣の席には外国人のご夫妻が座っていました。たぶん私よりも少々年上のご夫婦だと思います。

しばらくは3人とも寝ていたのですが、私の横に座っていたご主人がトイレに立ったことをきっかけに、奥様とどこに行って来たのかという話になりました(実際は話になるというほどの会話力じゃないんです。私はひたすらタンゴを並べる&ジェスチュア―・・・ヒロシか・・・)

ご夫妻は、オランダからいらして、青森県弘前の帰りだそうで、これから富士山へ行くということでした。4週間の旅行だそうです。うらやましい(これは、私の死ぬまでにやりたいことのひとつです)

すると、そこにご主人が帰ってきて、なに?なに?と会話に加わりました。「弘前はどうでしたか?」と聞くと「ものすごくきれい。今まで見たことない」と言いました。「あなたは弘前に行ったことがあるか?」と聞かれ「ない」と応えると信じられないというような顔をしました。そして弘前公園の桜の写真、弘前城の写真など、たくさん見せてくれました。

写真ではありますが、ここの桜もみごとでした。弘前の桜も「みちのく三大桜名所」のひとつなのでこの日は朝から2か所の桜を堪能した気分になりました(残りひとつは秋田角館の桜)こうして桜につつまれたピンク色の岩手出張でした。

日本に生まれたことが誇らしく、うれしい。なんて思いながら実は全然見ていないし、知らないんだなあ、私・・・とちょっと恥ずかしい気持ちにもなりました。いつか、いつかと言っている間に死んでしまうので、少しずつ日本中を見たい。きっと自分たちが認識しているよりも日本は美しく、豊かなのだと思います。

自分の発した言葉
2019/04/23

「自分の発した言葉の影響を一番受けるのは自分」

きのう書いたことに繋がっていますが、だからこそ自分の発する言葉はとても大事です。それはネガティブな言葉を使わないように注意しましょう、ということではなく、誰に発言させているのかということです。

「私」ではなく、パターンに発言させていればたとえ美しく、おもいやりのあるような言葉であっても、そこに隠されているパターンのおもわくを自分の心身が吸収することになります。吸収したものは同じレベルに流れるので、結局、発言したパターンを育てることになります。又は同じレベルにある肉体にもそれが積もっていきます。

こう書いてしまうと、怖くて何も言えないという方もいますが、これは、言うことだけではなく、心の中でパターンが思っていたり、パターンが思考していることも同じです。ますます怖くなってしまうかもしれませんが、この知恵をうまく、健全に使うこともできるわけです。

うまく使うためには、とにかく自分が無意識で発言しないということです。無意識はパターンで行われています。だから一致性のないことを言ったり、誰かの言葉を盛ってみたり、誰かが言ったことに尾ひれをつけて伝えたり、わざと(と本人はそうは思っていないですが)相手を落とすようなことを言ったりします。

無意識でしゃべるときは、ぺらぺらとよどみなく話します。パワーもあるし、説得力もあるし、時には自分が被害者であるかのごとく話すこともあるので味方をつけるのにも使います。ただ、無意識で行われているからたちが悪いです。ですから、自分に対しての無意識を意識的にあるように変えていくことがとても大事です。

それを鍛えていくときに最も使いやすいのが自分の中にわく感情です。それに気づく、というシンプルなことが自分への意識を育てます。ですからどんなささいな感情でもスルーしないくせをつけてください。

さて、今日はこれから岩手盛岡です。桜どうなんだろう、咲いているのだろうか。岩手の桜をなかなか見ることができず、今年は4月の後半に岩手クラスの日を選んでみましたが・・・・見られるといいなあ・・・・では行ってきます。皆さま、どうぞお元気でお過ごしください。

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