| この現実の世界を生きよう | - 2025/06/03
- 先日書いた「思い通りにならないのがあたりまえ」という前提。だから、何が起きてもひたすら我慢しなさい、ということではないし、そんな人生だから、楽しいわけがない、と、諦めるということでももちろんありません(遊ぶように人生を生きる…という人たちもいます)
「思い通りにならない」と捉えて、意味づけているのはパターンであるということはわかると思います。パターンは全て、本当に全てにおいて思い通りにしたいので(だからより自分自身への理解が深まると、黒パターンの名前は「全てにおいて思い通りにしたい」これのみになると思います)このパターンの望む「思い通り」について、それは無理です、という意味での仏陀の言葉なのだと思います。
それに対して「私」は思い通りという概念を持っていないので、ただ、その事象があるというところにいます。で、そうであればその「私」はパターンが「思い通りにならない」と言っているその事象に対してどう意味づけ、そこから何を選んで、言動していくのか…ということになります。今の自分が考えられる意味づけと選択と言動…それでその事象に向き合っていかれればいいんです。(量子の話も知っていればますますそうしようと思うはず)
それが少しずつ出来るようになっていっている自分を感じたときに、人生、こういうふうにしていけばいいんなら、思い通りにならなくてもいいや、と思うのではないかと思います。ここでパターンが勝っている場合は、パターンは諦めないので、あの手この手で思い通りになるように頑張り続けます。でも、これには無理があります。ここも今の自分を知る一つのポイントになると思います。まだまだパターンのほうが勝っているな、と、クールに見ることができます。ここを正直に見られるから先に進むことができます。
自分を含め、自分の周りに起こるいろんなことを自分という「私」はどうしていくのか。パターンが小さくなれば、パターンが大人しくなれば、いい、ということじゃなかった。それは、パターンに変わってね、と押し付けてしまっている。しかし、パターンはそれができない。そうではなく、それを上回る「私」として存在すること、こっちをやっていかなくてはいけないということです。そのほうが現実的だということです。それにそうできる自分に喜びも感じられるのではないかと思います。
私たちは苦しむためにこの世にやってきたのではありません。パターンではなく本当の自分の喜びや幸せを感じながら生きるためにやってきたのです。そのことを成長とか進化というのではないかと思う。これはすごく現実的。こうして、しっかりとこの現実の世界を生きよう。
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