| ほっておく | - 2025/05/22
- 仏陀の教えの中に「ほっておく」というものがあるのだそうです。
「ほっておく」と聞くと冷たい、とか、厳しい、とか、と思われるかもしれませんが、その言葉の奥には「執着から離れる」という意味があるのだそうです。
他人に対して、自分自身の心身に対して、あらゆるところで、この「ほっておく」が使われていくことで本当の自由、解放を体験でき、まさに、のびのびと生きていくという現実を創ることになるんだと思います。解脱。
…という精神のお話。私はこの言葉を知ったときに「なぜ、ほっておくのか。それは、全ては流れていくようにできているから」と思いました。それがそもそもにあります。ずっと同じ状態が続くわけではなく(それを望んでいればそうなる)その起きていることをほっておけば、いずれそれは動いていくのだから…と思いました。これも天に養ってもらっていることの証。
それがやってくるまでの間が待てなくて、自分の力でどうにかしようとすることでますます執着、固執は強まります。そもそもに反抗して動こうとするのはパターンなので、結果、苦しむ(それは違うよと言うサイン)。ほっておけないのは、今起きていることについて、余計な心配をしたり、まだ何も起きていないのに、想像したり、深堀しすぎていくことでそれを巨大化させてしまうからです。そうなれば、とても怖い。不安。だからほっておくなんてできない。
ここまでそうだよねと思えます。かと言って、一気に「ほっておく」の境地になれるわけはなく、その難しさがあるのだと思います。「そうすればいいんだ」と思考してそのように振舞うことを多くの人はしますが(外側の人格だけを変えようとする)それで本当に心は晴れているのか、のびのびできているのか、と言ったらそうではないでしょう。
では、それをどうするのか、というところを今の自分に当てはめて考えていかなければいけないのだと思う。ということで、明日はそのことについて考えたことを書こうと思います(多分)。
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