| ほっておくの続き | - 2025/05/23
- 「ほっておく」という言葉にピンときたり、何か、いいなあと思えたりした方は「私」が欲していることなのかもしれません。
で、もし、そこへ自分がいきたいと思うのなら、まず、その意思を持ち続けることです。それは変容には必須。自分は何処へ向かいたいのか、どうなりたいのか、どうありたいのかを持ち続け、毎日思うことです。
これがなく、仏陀がそう言っているからそうならなくちゃ、とか、仏陀が言うから正しいんだ、とか、そうなれば自由に楽になるんだ、というところには、自分の意思はありません。あらゆることが自分の意思からスタートしているのですからここは土台です。
そして次に今の自分を見て認識していくことがあります。例えば「ほっておく」に対して、すぐにそうなれるところまで「私」を成長・進化させている人たちもいます。あと一歩のところをこの言葉で押してもらうというような。稀だとは思いますが、そういう人たちもいるのです。
しかし、多くの場合、そうはいかないと思います。今の自分はどうか?一気にいけるところにいるのか?というところをゆがみなく見て、今の自分の状態を知っていなくてはならないと思います。頭では仏陀のいわんとすることはわかっているけれど、今の自分がそうなろうとしたら、思考でそのようにしていくしかないな(そのやり方しか知らないな)と自分の今の状態をちゃんと知るということです。それはもちろんダメな自分ではありません。その状態は誰もが通る必要な道だからです。
そして、次に「ほっておく」を今の自分にとってわかりやすい言葉にしてみます。例えば、それはあるがまま、ただあるだけ、ただ、起きているだけ、如実知見、など。
それをもっと自分に寄せた言葉にしてみると、相手のパイプに入らない、相手を変えようとしない、天(宇宙のルール)を信用する、すぐに求めない、答えを決めない、自分を待つ、など。そんな感じなんじゃないかと思います。
ここからなら、なんとなくわかる気がするかも。ここがわかれば、そういう在り方をしていくにはそれを邪魔するパターンがあると思うので、そのケアが必要だなということもわかる。わかったら実践。
やることはいつもと同じですが、このように、偉人、賢人の言葉を自分ごとにしていくといいです。そして、ここから見えることは、自分のパターンもほっておくです。それは、好き勝手やらせることではありません。彼らをありのままにいさせてあげよう、その在り方をコントロールしない、という「ほっておく」です。
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