ponta日記

・主婦カウンセラーの日常・・・は?

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陽だけがいいのではない
2017/09/01

本来、人は陽と陰(+と−)の両極を行き来しながら生きています。それが自然なことです。

例えば、体調の良いときと悪いとき、頑張るときと休むとき、ポジティブな感情を感じるときとネガティブな感情を感じるとき、得る時と手放すとき、などなど。その両極を体験することで人は躍動感を持ちながら安定感をもち、バランスはとれます。

ですから、陽だけにいようとしたり、陰をひたすら避けるようにすることは不自然なことであり、この宇宙の在り方にも反していることになります。本来の自然なあり方ができるときこそ、バランス(調和)のとれた無理のない生き方をしていると言えます。

では、何故、ワークで白パターン(陽)を選ぶということを意識的にやるのかというと、今までの黒パターン(陰)で生きてきたアンバランスを変えるために(一度リセットする)白パターンを意識的に選んで、バランスを取り戻していくことをやりたいからです。

黒パターンで苦しんできたのなら、白パターンで楽になるという体験をすることでその人の白黒パターンはちょうど良い陽と陰になります。

そんなバランスのとれたパターンであれば、白だからいい、黒だからだめということではなく、どちらも「私」の腕の中にあり、それをおもりしながら「私」がいることを感じられると思います。大事なことは、両方のパターンを同時に持つということです。そして、いつもそのときそのときでバランスをとるためにどちらを選ぶのかということです。

陽だけがいいと思わないでください。マスターたちの姿を見ているとあたかもそういう人に見えるかもしれませんが、それは自分の中の誰が見ているのか、ということです。人として生きている以上、陰を持ち、それに抵抗することなく、軽くいられるからこそマスターです。

そうやっていろんなことを広い目で、現実的な目で見ていく「私」というものも意識してみるといいと思います。

同級生
2017/08/31

きのうは、短大の同級生の友人と久しぶりに茅ケ崎で会いました。

彼女は茅ヶ崎に住んでいらっしゃるお母さんの所へ毎週通って来ています。そこで、時々ではありますが(当日の急なキャンセルもお互いにOKということで)お茶を飲みながら色々と他愛のない話をするわけですが、それがなかなか楽しくて、話の内容は昔とは変わりましたが、あの学生の頃に戻っているような気分になります。学生の頃からお姉さん的な彼女だったので、それは今でもそうで、私は、色々と教えてもらうことがあります。

・・・・・・で、思い出した・・・・・・高校の同級生たちと会ったときも、私は妹のような、というのか、たよりない存在という立ち位置だったなあと。今の私はあの頃よりはしっかりしていると自分では思っていても、当時の私と接してきたみんなは、そのときの私のイメージのままなんだと思います。私もそうやってみんなを見ているし。

だから、同級生に会うと今でも自然とお互いにそんなかんじで。自然とそのころの自分になっています。でも、それがなんか心地よくて、こういうこともいいなあと思います。大事にしたい同級生。

謙虚であれ
2017/08/30

自分に気付くという事も練習の積み重ねで、その洞察力は拡大していきます。

自分が機能不全であることも、自分はそうではない、と思っている人がほとんどです。「機能不全?そんなことはない。なぜならば自分は仕事もしているし、人より収入もあるし、家族もいるし、それなりに人からも頼りにされ、趣味もある、友達もいる、そんな自分はちゃんと生活を営んでいるから、機能しているじゃないか」という具合です。

で・・・ここで言っている機能不全であるということは、上記のことではないということなんです。ちゃんと生活を営んでいるということではありません。機能している/していない、を生活を営むというところでみていて、それはそれでひとつの見方ですが、そのことを言っているのではありません。

人は誰でも、今の自分が見える範囲が決まっています。そして、今のところで全ての物事を理解しています。今の自分のいるところよりも高い所は見ることができないんです(ミームの法則)

では、こういう場合どうするのかというと、本人に今いるところより上に上がってもらうしかありません。自分のいるところが変われば、ここで言う機能不全を理解できるからです。いくら言葉を変えて説明してもわからないことがあります。

上がってくるためにはとにかく自分の中を観察してもらいます。どんな感情が湧いたのか、それを作っているパターンは何か、そして語りかけ、白黒ワークなどをすすめていきます。そのうちに、その体験によって私も機能不全だったんだ、ということを理解します。

ここまで上がることを最もブロックするのは、今いるところの自分は正しい、だから何も聞かなくていい、知らなくていい、自分はわかっているし、できているから、と自分で自分の世界を決めてしまうことです。

謙虚である(自分は知らないことだらけ、だから素直に聞こう)ことはものすごい才能です。人はこの宇宙の中では小さな存在です。知らないこと、わかっていないことがたくさんあります。

そんな自分であることを再度確認しながらいきましょう。

楽しい旅
2017/08/29

この頃、気付けば、自分が変わってきているのを感じています。

どのように変わってきているのかというと「普通」に向かって変化していっています。ここでの「普通」とは人としてのあたりまえの感情を、より、純粋に彼らの本来の姿として扱いたいと思うものです。

私の精神性、霊性の成長・進化は、もちろん機能不全な自分としてずっと生きてきてゆえの、苦しく、問題や悩みの多い日々(いつもすっきり感がなく、不安と不満の状態、従って、全般的にうまくいかない)というところからスタートしています。それが自分の機能不全(黒パターンで生きていたこと)からきていることに気付き、自分に向き合い、ワークを行いながら、少しずつ機能していかれる自分に変わっていきました。それは、こんなに生きること自体が楽だったんだという体験で、確実にひとつのハードルを越えた感があります。ぐっとそこで視野は広がり、自他との関わり方もライトで誠実なものになったと思います。

そして今、さきほどの、人としてのあたりまえの感情と関わる、ということに向かっている自分に気付きました。しかし、それは以前の感情に振り回される機能不全の自分に戻るということではもちろんありません。機能不全とは自分で責任をとらないという状態です。自分で責任をとらない=他人のせいにするということは一見楽そうですが、実はとても苦しいことです。そんな苦しいところにわざわざ戻ることはしません。

感情、ネガティブなものもポジティブなものも「ただあるもの」(もともと意味がない状態での存在)というところの体験(機能するようになった「私」により体験する)を、もう少し生きたものとして、血のかよっている彼らを感じたいと思うようになりました。悲しい、怖い、怒り、不安、くやしい、うれしい、愛おしい、明るい、楽しい・・どれもがそれぞれの中に血をかよわせて個性を持って生きているんだと思う。それを感じられて、味わえる自分でありたい、と。

「ただあるもの」として見ていた彼らをもう一度引き寄せ、一人一人の顔をちゃんと見たいです。

こうして、また違う領域に向かって進んでいくんだと思うと、生きている間にどこまでいくのかわかりませんが、それはあちらにおまかせするとして、私は自分のやりたいことをやっていけばいいんだととても思います。意識の成長・進化の旅はゴールのない旅、当てのない旅、それだから楽しい旅です。

その人そのものの「私」の光
2017/08/28

自分が変容していることを認識したときの喜びは、驚きとともに、何にもましてうれしいことだと思います。

自分に向き合い、ワークをこつこつと自分で行い、熟考し、対話をし、自分を変容させてきた人達が「魂の道場」では多くいらっしゃいます(継続することで戻ることのない変容を起こすことができることは道場の誇りのひとつです)

これは「魂の道場認定カウンセラー」である赤木洋子さん、岩崎 マーガレット 葉子さん、喜屋武春美さんのブログを見ていただくとわかりやすいと思います。私よりも言葉がわかりやすい、と言われてもいるので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

このように、ひとりひとりの大切な体験によって起こる変容を垣間見たり、話として聞いたり、感じたりしたときに「よし!!」と私の中でも喜びがあふれます。この仕事を続けてきてよかったと純粋に思う瞬間です。そして、私はこれからもひたすら己の成長を目指そうとも思います。

人は物体として目に見える他に、その人が醸し出す「気」というものがあります。その醸し出す気は隠すことができないもので、私も含め、誰もが外側へただよわせています。その気が何か大きな気付きや、発見や、体験などにより見違えるように変わるときがあります。それはもう、それこそ、隠すとか、振る舞うとかができない次元で現れているもので、その変容にどきっとすることもよくあります。

で・・話を伺うと何か善き体験があったり、心底覚悟ができたり、本心でわかったとか、腑に落ちてわかったとか、そういう体験をされています。

こんなふうにして人は一気に変わるときというときもあるんです。人それぞれの変容ではありますが、そういうときに共通して感じられるのは「きれいになった」です。男女ともに。これは共通しています。そんなときには、この人はこんなにきれいだったんだとみとれてしまうということもあります。

それは、その人そのものの「私」の光が内側から出ているのだと思います。

むなしいという気持ち
2017/08/27

むなしいという気持ち。

むなしさは自分を悩ませる気持ちかもしれませんが、私は、むなしいという気持ちは自分への気付きを手伝ってくれる大事なものだと思います。そして、ネガティブな感情でありながら少し異質なものであるとも思います。

仕事もあるし、友人もいるし、彼もいる。趣味もあるし、楽しいと思えることもある。でも、何故かひとりになるとむなしさを感じる。そんなむなしさ。そんなときには、そのむなしさを消そうとしたり、向き合わないようにしようとして、また楽しいことを探す、仕事に没頭するのではなく、何故むなしいのか、自分の心をよく見るようにしてください。

そこそこに生きられているのならそれでいいはずなのに、それでもむなしさを感じている。それは欲張りなのではなくて、そのむなしさが純粋であればあるほど(黒パターンからのものでない場合)本当に自分が望む生き方、在り方が自分の中に(まだはっきりとはしていなくても)あるからだと思います。

それは、もう、今の生き方、在り方を続けなくてもいいよ、次のステージへいくときだよ、と、自分を誘うものなのかもしれません。

現状を一変させるということは大変なことですが、現状の中にいながらも自分の生き方やあり方を変えていくことはできます。又、そこから現実として違うものを選んでいくこともでてくると思います。

むなしさを感じているということはちゃんと自分を守るセンサーが働いているということです。それはとても健全なことなんです。とても多くの方がむなしさを感じながら生きています。一見、うまくいっている、幸せそうに見える人でも、むなしさがあると聞きます。又は、それすら気付いていない場合もあります。気付けないよりは感じられるほうがもちろんいいんです。

むなしさは悪者なのではなくて、自分が正直に生きられるように手助けしてくれるものです。ですから、むなしさを感じているのなら、自分の心をみつめてみてください。

観察
2017/08/26

盛岡は不安定な天候ながらも、涼しさがありました。

私が帰ってきた日の夕方頃から、盛岡は大雨だったようで、岩手クラスの皆さんは大丈夫だったでしょうか?茅ケ崎に着いたら・・・灼熱地獄・・・でした。夏ってこういうものだったかとまた思いしらされました。

さて、クラスでも話したことですが、自分を観察するということは、自分のできていない部分、劣っている部分を探し出すことではありません。そうやって、自分を厳しく監視するということではありません。

自分を観察するということは、ただ、自分の今起きていることをスルーしないで、みつめることであり、そこにジャッジは働きません。従って、観察は精妙でありながら軽いです。ただ、見て、知ることです。たんたんと。普通に。距離感をもって。

この感じがわかってくると、自己観察は嫌なものでも、面倒なものでもないということを感じられると思います。

観察(内省、内観)はとても大事なものです。これがあるから己を知ることができ、軌道修正ができ、自分の変容、成長・進化が可能になります。ですから、自分をよく観察してください。今、どんな気持ちが湧いているのか、それを作っているパターンは何なのか、そして、そこからパターンはどんなことを考えているのか、どんな行動に出ようとしているのか。それらに目を向けてください。

そうやって自分を観察していきます。その観察も慣れてくると、質をあげていくことができます。だんだんと中庸的なあり方ができるようになります。

正しく自分を観察することを続けてみてください。

心が整っていくと・・・
2017/08/22

きのうの日記の「導いてくれるもの」(私はこれを宇宙のルールだと思っています)それがいてくれるから安心して生きられるというのは…本当だろうか?と思うと思います。

そんなことを信じてしまって、結局、損する、大変なことになるんじゃないだろうかと思うと思います。根拠はあるのか、説明がつくのか、大体、そんなことを信じて生きている人なんているのだろうか、と。

しかし、よくよく自分自身と自分に起きたこと、自分の周りを観察してみると、確かに、何かの力が働いていたと思えるような体験を誰でもがしていると思います(そのときには偶然と思うかもしれません)それは一見してよくないできごとでも、それがあとから自分を救うものであったこと、そのことがあったことで、自分がより強く、大きな目を持つことができるようになれたこと、何が最も大切なことであるかということに気付くことになった、などなどなかったでしょうか。それは何かの導きだったのかもしれません。

心が整っていくと、現実的にも、今まで執着していたものごとからだんだん離れていくということが起きてきます。それは物質的なものであり、他人です。他人への執着というのは、他人から自分の足りないものを埋めてもらおうとするものです。その足りていないものは、不安や不満や憤りなどいろんな感情をともないます。それは苦しいので感じないでいられるように、他人にそれを求めます。

他人から褒めてもらう、すごいと言ってもらう、いつも自分を大切にしてもらう、称賛してもらう、認めてもらう・・・それらが与えられれば、今度はよい気分の感情で満たされます。それはそうとうの執着になり、自分でやめないかぎりずっと続けていくことになります。ネガティブもポジティブも感情がともなうというのは、この領域の特徴です。それが良い、とか、悪い、とかではなくて、現実に起きていることはそういうことで、心が整っていくということは、ここからは卒業していくということです。

今日はこれから盛岡です。今回も、善いセミナーを行ってきます。これからまた暑くなりそうですね。皆さまもどうぞお元気で!

導かれるように生きる
2017/08/21

心が整ってくると、気付くことのひとつに「導かれるように生きる」ということがあります。

何かに導かれるように日々の生活を自分が送っていることへの気付きです。それは、こうしなさい、と何かサインやメッセージがあって、それに従ったら、こんないいことがあった、とか、感情が薄れて楽になった、とか、ラッキーなことだけが起きる、というものではなく、スムーズに事が運んでいくというものです。

いいことが起きる、悪いことは起きないというところではないところで起こっているスムーズさです。

その特徴のひとつとして、思考していない(というのは、自分から取りにいくとか、計画立てて合理的にやるとか、を、思案することに思考していない、従って、疲れない)というのがあります。しかし、仕事や家事など肝心なことは考えます。でも、そこにすらスムーズさがあります。

今まで100%自分で考えていたものが半分くらい自分であとの半分は導いてくれるものがいるので、そこにおまかせという感じです。一緒に生きている、というイメージでしょうか。それがより、鮮明に、現実味をおびていきます。目に見えないものだから信頼できないんじゃなくて、目に見えないものだけど、これだけスムーズにいくと、そのサポートは確かなものだと思えます。で、そう思えれば思えるほどそことの結びつきは強くなります。

この体験は、心が整ってくると、ということが条件になります。心を整えるということはもう、黒パターンで生きないということです。「私」が白パターンを選んで生きるということです。白パターンを選ぶということは、正直さと素直さと謙虚さと誠実さ、勇気と忍耐と努力と挑戦を使うということになります。それらを具体的に現実の生活の中で自他に使うことで、心は整っていきます(純粋化していく)そうなっていったときに感じられる「導かれるように生きる」です。

もう、ひとりで頑張らなくていい。導いてくれるものと一緒にいけばいい。そもそもそのように私達は創られているから、ということです。

使えるものは全てを使って
2017/08/20

語りかけで必ず行っていただくのは、文章の中に「あなた」を入れるということです。

文章的におかしくても「あなた」を頻繁に入れてください。又、語りかけの文章を書くときにも必ず「あなた」を頻繁にいれてください。

これは「あなた」をたくさん入れることで「私」と「あなた」との分離感(「私」はパターンでも、感情・感覚・思考でもない)を体験していくためです。

言葉に出して言う、ということで耳からそれを取り入れ、書くということで目からそれを取り入れ、心の中でつぶやくということで心にそれをしみ込ませ、文章を考えるということで頭にもそれを教えていきます。時には、語りかけに動作をつけて、体にも協力してもらう、と、使えるものは全てを使って「私」と「あなた」との分離感、非同一化、脱同一化を行っていきます。

そのくらい意識的に行わないと、私達は、あらゆるものと自分を同一化していて、それが自分だとずっと思ってきているので、そこに目覚めることは大変なことです。しかし、この分離感が、人の本来の在り方を示してくれます。

語りかけは、最初は、変な感じがすると思うし、よくわからないし「私」がパターンに語っているつもりでもパターンと同一化してしまって、感情が大きく騒いだり、憂鬱な気持ちになったり、面倒くさいと感じたりすると思います。でも、それを続けてください。とにかく「あなた」を意識的に使ってください。

そのうちに、だんだんと「私」と「パターン」の分離感ができてきます。それだけでも心はかなり整理され、シンプルになります。今までからまって、ごちゃごちゃだった心の中が、ほどけていくことで、今の自分の心の中が管理しやすくなります。

これは新しい意識を自分の中に創る作業なので、戸惑いながらになるかもしれませんが、続けていけばきっとそれができるようになります。

・・・・・創ろう「分離感」・・・・・

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