| 理解し合う | - 2025/02/06
- 自分は正しいとほとんどの人は思っていると思います。
自分の考え、判断、言動、それらは正しいと。だからそれを受け入れない人や、それに反対する人がいると、腹が立ったり、相手を嫌いになったりします。
そこには、正しいということよりも自分をちゃんと理解してくれないことへの怒りがあるのだと思います。正しいから、というよりも、理解してくれないから、わかってくれないから、腹が立つ。
ということは、他人は(もしくは特定のあの人は)理解してくれるものだ、理解してもらって当然と思っているのかもしれません。そして、理解してくれる人がいないと自分は存在できないと思っているのかもしれません。
しかし、自分と全く同じように、自分が望むように自分を理解して、わかってくれる人っていません。家族であっても、親友であっても。自分も誰かにそうできないと思うんです。
理解し合うってなんだろう。相手が望むように理解することはできなくても、まず、大前提として相手も自分も人間である、という共通のものであるということです。ここが大きな理解となると思うんです。
人間だから、同じように、苦しみを味わったり、悩みをもったり、怖さや不安をもったり、怒ることも、悲しむことも、逃げることも、怯えることも、楽しいと思うことも、うれしさも、喜びも、人間だから自分と同じようにその人の心の中にはあって、それを感じて生きている人なんだ、ということ、それが大きな理解だと思います。
そこに自分がいられればいいと思います。そうだね、そういう気持ちにもなるかもしれない…、そんなふうに考えるかもしれない…、と相手を理解する。それで十分なんじゃないかと思います。
共感っていうのもそういうことです。「そうですか…苦しいんですか」という言葉のことではなく、自分もその人も人間。そうであるから感じ入ることのできるその人の苦しさ。それを感じている自分が心を開いて、その人の前にいること、それが、共感なんだと思います。
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