今は大変便利 | - 2024/08/26
- 昨日の続きピアノ編。
練習をしていて弾き方がわからない、リズムの取り方がわからないというものが出てくるときがあります。
そんなとき、今は大変便利になり、すぐにPCで調べられます。その曲の動画はいくつもある(それも一流ピアニストののものが)
それを見て「ああ、そうか、そうやって弾くんだ」と耳で覚えてマネをしてみる。耳から入ってきた曲を覚えて、実際やってみるということができます。そうすれば弾けます。
なんて、便利・・・・・と思ってそれを使っていた。
しかし、あるとき気づいたんです。これはあかんな、と。何があかんな、なのかというと、耳で覚えた曲をその通り弾いていると、譜面を読んでいないということがわかったからです。譜面を読むという基本のキが全く無視されていて、これじゃあ、ただただ、まねして音を出しているだけだと。
譜面を読むことは、ピアノを習い始めた子供のときから先生に教えてもらいました。その読み方は片手でリズムをとり口で実際音符の長さを言っていく。何度も何度も。そうしていくことで、ちゃんと1小節に同じ数の音符が並んでいることがわかり(ある意味数学)その曲の感じもつかめてきます。それは耳だけに頼るのではなく、頭を使い、身体を使い、全身で自分に曲を刻み込んでいく作業でした。それを普通にやってきていたのに、全く忘れていました。
これは「この曲弾きたい」という思いだけでやってしまったからです。弾きたい曲なのでそのメロディーはわかっているのでちゃんと譜面を読まなくてもそれなりに弾けちゃうということでした。
便利なことって時と場合によってはとても役立ちますが、あえて、不便さを持ってわかっていくこともあるとあらためて思いました。気づいて本当によかったことでした。
この学びもそうです。頭で覚えて頭まかせではできないものです。全身を使い、時間をかけて、こつこつと試しながらいくものです。慣れてしまうとどこかでスキップしていたり、自分流にしていたりします。でも、やっぱり基本のキは何年たとうと大事なことです。
そしてその基本のキは地味でおもしろみもないものなんです。でも、その土台があるから自由に向かうことができます。
ずいぶん前に「シコふんじゃった」という映画がありました。その主人公が言った言葉「もう楽してズルするのはやめだ」を思い出しました。自分にとって大切なものはこれでありたい。
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