〇〇のために…ではなく | - 2024/11/12
- 「おもしろい」と感じること。
この心の状態が自分を進める原動力となります。何ごともそうだと思う。仕事も、人間関係も、学ぶことも。
例えば、道場での学びも最初は、〇〇のために、〇〇を得るために、というところからスタートしたと思います。楽な自分になるために、強い自分になるために、自分の精神性を上げるために、カウンセラーになるためにというように「ために」が動機だったと思います。これも確かに一般的には何かを行うときの動機として使われていますし、そこでの結果を得ることができます。そして、そこでそれはひとつのゴールとなり、そのやり方を使う事をその後も続けます。それもひとつのやり方としてあります。
しかし、これだけではない。例えば、仕事も最初は〇〇のために行っていたのに、続けていくうちに、その仕事の内に、奥にある、今まで気がつかなかった部分に気付き、それを追っていくことで、ただ「ために」であった仕事が「おもしろい」と感じることがあります。おもしろいからもっとやってみたい、おもしろいからもっとそれを知りたい、おもしろいから挑戦したい、などなどあります。
この学びも同じで、〇〇のためにで始めたものであったのが、気がつけば、結果はさておき、ただ、追及していくおもしろさを感じている。こうなっていたのか、自分ってこうだったんだ、そして、なんとなくこれから先が感じられるような…。そういう心の状態が自分を進め、成長させる原動力になるということです。その原動力自体も大きくなります。そしてそれはまた原動力になり。
原動力って、根性とか、頑張るとか、今大変だけどやるしかない、いつか楽になれるだろう、という、苦しさを感じるものではないと私は思います。
何より「おもしろい」「楽しい」がいい。何ごとも「好きこそ物の上手なれ」なんだと思います。だから自分が好きなことをやっていけばいいんです。これはいいことだからやろう、これはためになるからやっておこう、では、おもしろくもないし、楽しくもないし、結果もそれに伴うものになるので、やはり、苦しいままだと思います。自分がおもしろい、楽しいということを大事にしてください。
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