| 根 | - 2025/09/21
- 整体の先生(←こちらの先生は量子先生と私の中では呼んでいます。最初の施術から量子の話だったので)が「自立とはたくさんの根を持つことなんです」とおっしゃいました。
なるほどーーーと思う。「その根があるから自分が立てるということなんですね」と私が言うと「そうです、何から何まで一人でできることが自立ではないですね。伊藤さんはどうですか?根は持っていますか?」と聞かれました(このあたりカウンセリング的)
「持ってます」と答えた。そこでまず浮かんだものが私の言い方で少々おおげさですが「これがあれば私は生きられる」というもので、それは音楽であり、文章であり、絵であり、色であり、バレエの小さな動きであり、などなど。これはまさに私の根になってくれていて、生命力を生み出してくれています。
「先生はどうですか?」と聞いてみた(ここもカウンセリング的)すると「僕は、数人、信頼できる人がいるので、その専門の方々に相談にのってもらったり、お願いしたりしています。」ということでした。そうか、人も根になってもらえるのか…と思い、私は?と考えてみた。「私も信頼できる専門の方達は数人います。」と答えました。「だけど、根に依存は違うと思いますがどうですか?」と伺うと「それはその通りです。あくまでも自立のための根なので、そこへ依存があれば違いますね」ということでした。ここが難しいところだろう。何をもって自立というかにもよりますが、一般的には、自立に向かうためにひとりでは無理だからまずは根を持ち、そこの力をかりながら、いつか自分で立つということなのだろう。
で、私は、やはりまずは自分で立つということが前提だろうと思いました。誰の内にもある「私」という芽。その小さかったものを大きくしていき、パターンたちの面倒もみれるようになって(ここがひとりでできるようになれば、それが自立、と、私は思う)そこからの根はより自立力を強めるためのものではなく、自分の人生を豊かに生きるための根という意味付けを持ちます。そこでの根は自分に合う、自分にとっての善き根です。それがひとつでも、ふたつでもいい(たくさんじゃなくていい)そして、そこでは相互サポートがなされていて、自分がその人の善い根にもなっている。そんな共存していく根。それを思ったらとてもいい感じです。そうね、これが自分には合っているんだと思いました。
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